この連載で検討してきた経営戦略や競争戦略論は、企業間の競争優位をベースにしてきた。また、M.ポーターによるFive Forces論をベースとした競争戦略論
(本連載シリーズ第1回)は、先進国での市場構造や行動が前提となっている。したがって、そこでは均質化された市場環境のもとでの同一コンテキストに基づく経営資源の認識とマネジメントが理論の前提となる。しかし昨今、急速に台頭するBRICsといった新興経済圏に、先進国型経済と同質の均質化された市場やビジネス環境は存在するのだろうか。
従来、企業がグローバル展開をする場合、大なり小なり、程度の差はあってもPEST(Political Economic Social and Technological)分析を行い対処してきた。しかし、従来の国際経営戦略論は、そうした国ごとの違いを取り込んで精緻化された理論として発展してきたとは言えない。それに対して、本稿で考察するAAA戦略(ゲマワット)は、国際的な差異を取り込むことによって適切な国際経営戦略を展開していく理論的フレームワークを提供している。その中心的理論は、P.Ghemawat(2007)によって書かれた書籍『Redefining Global Strategies』に集約されているといえよう。
この本の出発点となる問題意識は次の点にある。すなわち、従来の国際経営戦略論を大別すると、一方は、「いまや世界市場は均一化したグローバル市場である」とする国際的な差異を無視したいわゆるグローバル戦略論、他方は、「海外地域市場の差異や特殊性にこそ戦略的意味がある」として「ローカルに考え、ローカルに行動する」ローカル戦略論であった。前者は、現地化を否定し、本社に権限を集中するアプローチであり、後者は権限の現地委譲による現地化アプローチである。