• 2011/11/04 掲載

【速水健朗氏インタビュー】ラーメン神話解体――丼の中にたゆたう戦後日本史(2/2)

『ラーメンと愛国』著者 速水健朗氏インタビュー

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起業からファスト風土、TPP……これからのラーメンの話をしよう

――『ラーメンと愛国』の帯は、作務衣を着込んだ店主のイラストです。「なぜラーメン職人は作務衣を着るのか」という論点は以前からありましたが、本書では、日本文化回帰、伝統復古に関連させて論じています。

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速水健朗氏
 速水氏■80年代のラーメンガイドブックを見ると、店主が着ているのは白のコックコート、あるいは中華風エプロンがほとんど。しかし、最近は作務衣をまとい、陶芸家のような出で立ちでラーメンを作る職人が増えてきました。藍染め風か黒ベースに手書きの漢字で屋号を書きこんだ“作務衣風”のTシャツも同じスタイルですよね。

 作務衣調のスタイルが定着したのは90年代末です。「博多一風堂」の創業者・河原成美がイメージを強化したと思いますが、ラーメンで一旗揚げようという人は、ものづくりのロールモデルとして“匠”的な職人のイメージを選んだ。それは、「麺屋武蔵」に代表される、ネーミングの漢字化にも現れています。この本では「ラーメン屋から麺屋へというパラダイムシフト」という項を設けて考えました。

――確かに、90年代からこっち、ニューオープン店には「麺屋」「麺処」「麺匠」「麺工房」といったサブネームが目立ちます。

 速水氏■そしてもう1つ。ラーメン屋から麺屋へのパラダイムシフトでは、「ラーメン屋のオヤジ」から「ラーメン職人」という昇華も行われました。話に出た「麺屋武蔵」の山田雄はラーメン界に入る前はアパレル系の会社を経営していて、バブル崩壊後に一念発起してラーメンを修行。独学でスープを開発し、和の雰囲気を意識した店舗作りで人気店になりました。まったくの独学でオリジナリティあふれるスープを編み出し、大成功――そんなラーメンドリームが、この業界にはまだあります。ちなみに、ラーメン起業には3つのムーブメントがあり、それぞれ不況と密接にリンクしています。

――屋台からでも起業できる。初期投資が少なくてすむラーメンベンチャーの強みですからね。その3大ムーブメントとは?

 速水氏■最初は、高度経済成長の終わり、オイルショック前後の70年代初頭に訪れた脱サラブーム。ここでは、フランチャイズのビジネスモデルで大きく成長した「札幌ラーメン どさん子」などのFCチェーンに多くの脱サラ組が参入しました。続いて、90年代半ばのバブル崩壊後には、「麺屋武蔵」をはじめとする独学組が多く起業。前者と後者の違いは、フランチャイズに乗ってビジネスとして参入したどさん子系と、独学でスープを開発した創意工夫系、ということです。

 ここ5年、10年で出てきた世代は、また新しい世代です。旗手としては、「六厘舎」で濃厚つけ麺ブームを牽引した三田遼斉が挙げられるでしょう。75年生まれの彼をはじめ、「中華蕎麦 とみ田」の富田治などがゼロ年代後半には一気に台頭します。僕も彼ら同じ世代ですけど、いわゆる雨宮処凛や赤木智弘らのロスジェネ世代なんですね。就職氷河期で正規雇用の枠からはみ出さざるを得なかった世代。好きなことを仕事にしろという教育されてきた、「仕事で自己実現」を突きつけられた世代です。その一部が、ラーメンで成功を収め、自己実現を叶えているということになります。

――脱サラブーム、バブル崩壊組、就職氷河期世代、そしてロスジェネ。ラーメンベンチャー興亡史は、そのまま戦後社会史になぞらえられます。その始まりは、戦後直後に屋台から裸一貫で始めた世代までさかのぼれる。

 速水氏■そう。MBAがどうの、IT起業がどうのと、華々しくスマートなベンチャーが注目を浴びたこともありましたけど、もともと泥臭く立ち上がるのが起業じゃないですか。松下幸之助しかり、矢沢永吉しかり。成り上がりは裸一貫で始まるものです。そんな泥臭さを内包しているから、ラーメンベンチャーは属人性が非常に高い。えーと、例えばラーメン集合施設の店舗紹介、イベントのパンフレットを見てください。並んでいるのはシズル感たっぷりのラーメン丼じゃないですよ。

――タオルを巻いた店主の腕組みポートレートがズラリ(笑)。そういえば、この2011年9月、池袋に「山岸一雄製麺所」なるラーメン店がオープンしました。山岸一雄氏は、つけ麺(もりそば)のメニューを開発したことで知られる、ラーメン界の神的な存在。店舗にはカーネル・サンダースのごとく、彼の人形がディスプレイされています。

 速水氏■ラーメンビジネスの面白さって、さっき教わったようなメディアと一緒くたになったサイクルの早さの状況が、コンテンツ産業、キャラクタービジネスに似ているところですよね。飲食、外食産業ではなく、ソフトウェア産業なんですよ。

――確かに、1杯のラーメンに物語を乗せやすいのは事実ですね。札幌味噌ラーメンや九州豚骨ラーメンの開発秘話は、既に伝説的に流布しています。本書では、ご当地ラーメンの成り立ちを「偽史」として指摘していますが。

 速水氏■ご当地ラーメンの歴史なんて、うそばっかりですよ(笑)。そもそもラーメンを最初に食べたのは水戸黄門だなんて、ウソですからね。でも、これがコンテンツビジネス、キャラクタービジネスなんだと思ったら、それは当たり前ですよね。ミッキーマウスが1匹(1人?)しかいないみたいな決め事が、ディズニーという産業の中ではルール化されています。ラーメンの物語化や偽史の捏造はそれと同じだと思います。

 そもそも、今は穀物産業もソフトウェア産業化しているんです。遺伝子操作穀物って、特定の病気に免疫があったりするDNA配列をデザインするわけですが、その配列には知的財産権が与えられ、開発もののライセンス商品として流通するというようなことが、今後当たり前になっていきます。穀物はディズニーと同じようなソフトウェアビジネスということになる。そう考えると今のTPP(環太平洋経済連携協定)の議論での農業保護の話とかも、もうちょっと違う角度でできるんじゃないかと思うんですけどね。


(取材・構成:佐々木正孝)

●速水健朗(はやみず・けんろう)
ライター、編集者。コンピューター誌の編集を経て、2001年よりフリーランスとして活動中。専門分野はメディア論、都市論、ショッピングモール研究、団地研究など。主な著書に『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)、『自分探しが止まらない』(ソフトバンク新書)など。



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