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2018年04月09日

新社長に吉田憲一郎氏の理由 ソニーは名実ともに「普通の会社」になる

過去最高益の更新が確実視されるソニーのトップが交代した。新しく社長に就任したのは、ある意味ではもっとも「ソニーらしくない」人物である。ソニーは、創造力を武器に成長してきた企業であり、管理部門出身のトップはイメージとは正反対の人事に思える。意外な人事の背景を探った。

執筆:経済評論家 加谷珪一

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あのソニーが「地味」な吉田 憲一郎氏(写真右)を新社長に据えた理由とは

(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)


一貫して管理部門を歩む

 ソニーは4月1日、吉田 憲一郎社長を中心とする新経営体制に移行した。これまで社長兼CEO(最高経営責任者)を務めていた平井 一夫氏は代表権を持たない会長に退いたので、経営権は完全に吉田氏に移ることになる。

 吉田氏は1983年にソニーに入社。本社の証券業務部、財務部などを経て、出井 伸之社長時代に社長室長を務めるなど、一貫して管理部門を歩んだ。その後、ネット子会社のソネットに転じ、同社の社長に就任した。

 ここまでの流れからすると、ソニー本体でのキャリアは終わったように見えたが、その吉田氏を引っ張り上げたのが、前トップの平井氏であった。2015年4月に副社長兼CFO(最高財務責任者)に就任し、まさに平井氏の右腕としてソニー復活を支えた。

 業績を立て直したトップの右腕が次期社長に就任するというのはごく自然な流れだが、これがソニーということになると話は少し変わってくる。かつてソニーが持っていたクリエイティブな企業イメージからすると、今回の人事はあまりにも堅実すぎるように見えるからだ。

 よく知られているように、ソニーの歴代社長は、個性の強い人物ばかりであった。創業者メンバーであった井深 大氏や盛田 昭夫氏は別格としても、その後、トップに就任したサラリーマン社長もおよそサラリーマンには見えないタイプが多かった。

異なる分野で一発逆転を狙う人事が続いてきた

 1980年代に社長を務めていた大賀 典雄氏は、東京芸術大学卒でオペラ歌手出身。バトンを引き継いだ出井氏は生え抜きならも強烈な個性で、ソニーのネット・ビジネス化にまい進した。この頃からソニーは業績低迷が顕著となってきたが、復活を託された人物もやはり個性的だった。

 2005年から2009年まで社長を務めた中鉢 良治氏は根っからのエンジニアで、大学時代から磁気の研究に没頭。ソニーでも一貫して磁気記録の部門を歩んだ技術の鬼である。しかも中鉢氏から社長の座を引き継いだのは、何とメディア業界出身のハワード・ストリーンガー氏であった。

 一連のトップ人事を見ると、分野は異なるとはいえ、ソニーが持つ強みを最大限発揮することを期待されて社長になるというパターンが多い。ソニーはトップが変わるたびに異なる分野に成長を託したとみなすことができるし、毎回、大きな賭けに出ているともいえる。

 現社長の平井氏がトップに就任した時も同じような受け止められ方だった。

 平井氏は幼少期に外国に滞在した期間が長く、流ちょうな英語を話す。国際基督教大学(ICU)を卒業すると、現在のソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。その後、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)に移り、最終的にはSCEのトップに就任(SCEはその後部門統合)。最終的にはストリンガー氏の後任としてグループのトップに立った。

 平井氏のバックグラウンドはゲームと音楽であり、この分野を軸に競争力を復活させるのが平井氏に与えられたミッションだと市場は認識していた。

 平井氏は、就任直後から「ソニー復活」を掲げ、かつての輝きを取り戻すという、従来型の戦略を打ち出しているかに見えた。しかし、平井氏が現実にトップとして進めてきたのは、徹底的な事業のスリム化と収益の改善。つまりリストラクチャリングであった。

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(クリックで拡大)

ソニーの売上と利益の推移

(出所:ソニー決算資料より筆者作成)


【次ページ】2万人近いリストラ、ソニーは「普通の会社」として復活

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