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- 2020/01/09 掲載
「東欧のシリコンバレー」、その正体 1人あたりソフトウェア輸出額は日本の7倍
ざっくりわかるベラルーシ
ベラルーシのIT事情に踏み込む前に、読者のみなさまはベラルーシという国をどの程度ご存じだろうか。「初めて聞いた」という方、もしくは「聞いたことがあるけど、それが何なのか分からない」という方も少なくないだろう。そこで簡単に、ベラルーシの基本知識についてこの章では説明する。(1)地理的特徴
ベラルーシは、東欧にある独立国(たまに勘違いされるがロシア国内の地方都市ではない)である。ウクライナの北、バルト諸国の南、ロシアの西、ポーランドの東に位置し、内陸国であり海に面していない。国土の大半が平地・低地であり、国内で最も高い地点はたったの345mである。
(2)民族的特徴
人口は950万人であり、小国と分類されることが多い。全人口のうち8割がベラルーシ人、その他の大半はロシア人、ポーランド人、ウクライナ人が占める。スラブ民族の国である。
公用語としてはベラルーシ語とロシア語と2言語になっているが、日常生活においてはロシア語が使用される方が圧倒的に多い。
(3)歴史・経済
ベラルーシの歴史を振り返ると、元はリトアニア大公国やポーランド王国、ロシア帝国の領土の一部であった。20世紀に入りソビエト連邦を構成する一共和国となり、その後、ソ連崩壊に伴い“棚ぼた的”に誕生した国であり、独立国家としての歴史は30年弱と非常に短い(1918年にもロシア革命の混乱に伴い「ベラルーシ人民共和国」として独立しているが1年もたたず瓦解)。
経済面で見れば、21世紀に入った今でもなお、ソ連時代の旧態依然とした国営企業が市場にはびこっており、非常に非効率な経営がされている。とはいえ、ソ連時代は、「ソ連の組立工場」と言われるほど高い技術力・エンジニア力でソ連経済を支えてきた過去もある。現在でも、旧ソ連圏におけるベラルーシ製工業品のシェアは非常に高い。
(4)政治
ベラルーシの国家元首は、欧州最後の独裁者とやゆされることの多いルカシェンコ大統領である。なんと1994年より約四半世紀にわたり大統領の座に就いている。過去、野党や反対勢力に対する締め付けを強行していたことから、米国からは「悪の枢軸国の1つ」と指摘されており、欧州と米国から経済制裁を受けている国でもある。
ベラルーシIT産業、輸出額は2000億超
さて、日本から見ると地理的に遠く、内陸国であり、また人口も950万人と小さく歴史も浅く、悪いイメージが先行しがちなベラルーシ。興味関心を寄せている人が少ないのも当然である。特に、ビジネス面においてベラルーシを熟知している日本人は皆無だろう。事実、当国での日系企業の駐在員は現在、0人である。しかし、そんなベラルーシであるが、すでに冒頭で触れている通り、実は知る人ぞ知る東欧のIT大国である。米国ウォール・ストリートジャーナルは2016年に「東ヨーロッパのシリコンバレーとして台頭するベラルーシ」という記事を出している。まずは、定量面からベラルーシのIT事情を見ていただきたい。
1人当たりのソフトウェア輸出額 | 168ドル (2017) |
世界トップレベル。なお、インドは41ドル、アメリカは73ドル、日本は24ドル、ロシアは28ドル |
ICT関連の輸出額 | 1800億円 (2018) |
2019年は2000億円を超える見込み | GDPに占めるICT分野の割合 | 6.1% (2018) |
割合は大きくないものの、2010年時点では2.1%であり、急速成長を遂げている。 |
ITエンジニア数 | 11万人 (2016) |
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エンジニア系学部卒業生数 | 毎年15,000人 | STEM系学部の割合は24% |
IT分野の欧米顧客の割合 | 90%超 | ベラルーシの産業の多くは旧ソ連圏依存であるものの、ことIT産業については、圧倒的に欧米向けとなっている |
世界的にソフトウェア開発の需要が拡大しており、ITエンジニア不足が深刻化しているが、その中で、ベラルーシは優良なオフショア開発拠点として古くから注目されてきた。高品質かつ廉価なITエンジニアが豊富であるためだ。ベラルーシにおけるオフショア開発ソフトウェアで有名どころをあげるとすれば、2014年に楽天が9億ドルで買収したメッセンジャーアプリ「Viber」である。Viberの本社は元々イスラエルにあったが、開発拠点はベラルーシであり、現在も開発の中心はベラルーシとなっている。
GAFAから買収も ベラルーシのスタートアップ事情
他方で、今ベラルーシが注目されているのは、単純なソフトウェアの輸出というわけではない。オフショア開発事業を通じて蓄積したスキルと資金を活用して、自社プロダクトを開発するスタートアップが多数生まれているのである。GAFAによるベラルーシスタートアップの買収も散見する。売却益を得たベラルーシ人が国内のベンチャーキャピタルを立ち上げ、シード期の若いスタートアップに対し、資金やノウハウの提供を行っている。
ITエンジニアが起点となるスタートアップが非常に多く、1つのスタートアップ企業を見渡しても社員の大多数がITエンジニアであったりする。
そんなベラルーシ発の代表的なスタートアップといえば、「Masquerade」と「AImatter」だ。
Masqueradeは「マスカラード(=仮面舞踏会)」と読む。スマートフォンの写真上で顔にマスクをかぶせたり、顔を交換できたりする機能を有するスマホアプリ「MSQRD」を開発している。日本では『マツコ会議』(日本テレビ)で取り上げられて以降、人気を博した。2016年、フェイスブックにより買収された。
AImatterは、人工知能(AI)を用いた自撮り画像加工アプリ「Fabby」を開発する企業だ。ニューラルネットワークベースのプラットフォーム、SDK(ソフトウェア開発キット)、画像処理用のAIが注目され、2017年にグーグルにより買収された。
それぞれフェイスブックとグーグルに買収されているが、それ以前に両スタートアップを支えていたアクセラレータとしてHaxus(ハクサス)と呼ばれる集団がある。このHaxusの創設者は、元々ベラルーシのITエンジニアを活用したソフトウェアアウトソーシング企業を設立し、それをイスラエルの実業家に売却した過去がある。その売却利益をHaxusの活動資金としている。
また「AImatter」の創業者は、グーグルへの売却益を元手にBulba Venturesと呼ばれる新たなベンチャーキャピタルを立ち上げ、ベラルーシ国内のスタートアップに資金提供を行っている。Bulba Venturesの投資先となっているのはOneSoil(アグリテック系)、Rocketbody(ヘルステック系)、Wannaby(コスメテック系)である。
現在、ベラルーシのスタートアップ数は1000社を超え、仮想通貨やブロックチェーン、VR/ARなどさらに多様化している。元々ソフトウェアのアウトソーシング受託事業が多かったが、現在は画像処理や他分野にわたり、IT分野の裾野が徐々に拡大しているのが特徴的である。エコシステム全体としては1億ドルとそこまで大きくないが、元々国営企業ばかりであったベラルーシに突如スタートアップが爆増しているのは非常に印象的である。
さて、ベラルーシがこのようにIT先進国になったのは、国家戦略の影響が非常に大きい。次ページからはその変遷と政策について触れたい。
【次ページ】なぜ「東欧のシリコンバレー」になれたのか、その変遷
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