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  • 2020/05/14

ミシュラン社の「パンクしないタイヤ」、なぜ“夢のような商品”が売れなかったのか

アイデアを成功に導くためには正しいビジネスモデルが必要となる。ユーザーにとって“夢のように優れた製品”を開発しても、そのビジネスが必ずしもうまくいくとは限らないのがその証左だ。今回は「パンクしないタイヤ」という、「ユーザーにとって夢のような商品」にもかかわらず「まったく売れなかった」というミシュラン社の失敗事例をもとに、ビジネスモデル戦略の構築方法をビジネスデザイナーの佐々木 康裕氏に解説してもらう。

Takram ディレクター&ビジネスデザイナー 佐々木 康裕

Takram ディレクター&ビジネスデザイナー 佐々木 康裕

早稲田大学政治経済学部卒業。イリノイ工科大学デザイン大学院(Institute of Design)修士課程(Master of Design Method)修了。クリエイティブとビジネスを越境するビジネスデザイナー。デザインリサーチから、プロダクト・事業コンセプト立案、エクスペリエンス設計、ビジネスモデル設計、ローンチ・グロース戦略立案等を得意とする。複数の事業立ち上げ経験を持ち、ファイナンスにも精通。Takram では、家電、自動車、運輸、通信、食品、医療、素材など幅広い業界でコンサルティングプロジェクトを手がける。講演やワークショップ、Web メディアへの執筆なども多数。

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夢のような商品であっても売れるとは限らない(写真はイメージ)
(Photo/Getty Images)
※本記事は『感性思考』を再構成したものです。


「パンクしないタイヤ」が浸透しなかった理由

 最近ビジネスの現場で「エコシステム」という言葉が使われるようになってきました。元々は生態系という意味ですが、ビジネスでは協業している複数の関連業者がどのようにパートナーシップを組んで共栄共存していくのかを考える仕組みとして使われています。

 ここでは、ロン・アドナーの著書『ワイドレンズ──ノベーションを成功に導くエコシステム戦略』(東洋経済新報社)で紹介されていた、タイヤメーカーのミシュラン社(ミシュラン社といえば、ミシュランガイドが有名ですが、ミシュラン社は実はタイヤメーカーです)の事例を皆さんにも共有したいと思います。

 ミシュランは、1999年に「PAX」というパンクをしないタイヤを開発しました。正確に言うと、パンクしても2時間ぐらいは走れるので、その間に近くの修理工場まで走っていけるだろうという製品でした。パンクしたかどうかはタイヤ内圧監視装置が測定して、運転手にパネルで警告するというシステムです。

 この製品は夢のイノベーションだとセンセーションになり、実際、多くの自動車会社と提携し、新品の自動車にPAXタイヤを搭載する、というパートナーシップも行われました。ミシュランはこのタイヤや事業モデルの検討を入念に重ねた上で市場投入したのですが、なんと蓋を開けてみると、売り上げは想定の1%ぐらいというさんたんたる結果になりました。

 なぜこのようなことが起きてしまったのでしょうか? それは、顧客のメリットばかり追求した結果、一つのビジネスとして成立するための重要なピースを見通していたからです。それは、PAXタイヤの修理工場でした。

 持ち込まれたPAXタイヤを修理するには、特殊な修理用の設備投資が必要になってしまいます。そして、その設備が非常に高額だったので、導入する修理工場がなかったのです。ユーザーは運転していてタイヤがパンクして修理工場に駆けこんでも、「うちでは対応できない」と言われて途方に暮れる、といった事態が起こり、結局思うように売り上げが伸びませんでした。

 これはビジネスのエコシステムを考えずに市場に投入したために失敗した例です。今までにない製品を開発する際には、それを継続して製造するシステムを整え、全てのステークホルダーにメリットがある仕組みをつくらなければ、持続可能な製品にはなりません。

エラフマップ─想定外のリスクを想定内にする

 プラットフォーム型、あるいはエコシステム型のビジネスについて検討する際は、自社とユーザーだけで完結はせず、多様なビジネスパートナーやステークホルダーを巻き込みながら事業を推進することになります。このように複雑化したビジネスを検討する際は、ERAFマップと言われる、ビジネスモデルの見取り図を作成します(下図)。Entity(登場人物)、Relationship(関係)、Attribute(属性)、Flow(供給)の頭文字を取った言葉です。

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エラフマップ

 PAXタイヤを例にとると、「Entity(登場人物)」はタイヤの製造会社、自動車会社、ユーザー、自社といったバリューチェーン全体を俯瞰したときの登場人物全員になります(ここで「自動車整備会社」を入れ忘れないのがとても重要です)。

 次に、それぞれの関係者の「Relationship(関係性)」を考えます。タイヤメーカーからユーザーに届くまでの間に、自動車メーカーに製品が供給され、タイヤを装備した車が販売店に卸される。そして、パンクしたら修理業者に頼むというつながりがあります。

 3番目の「Attribute(属性)」とは、それぞれの特徴を指します。たとえば、修理工場の特徴は、投資余力がない、新しいテクノロジーの導入が遅い、スタッフは低賃金といった特徴が挙げられます。ユーザーの特徴は、長く使えるものなら高額でも選ぶなどが考えられます。

 そして、「Flow(供給)」でお金の流れ、情報の流れをこのマップにどう落とし込むかを考えます。ビジネスモデルを考えるときに、「Entity」を全て洗い出して、それぞれの「Relationship」の「Attribute」を考えて、「Flow」、つまり利益が出る仕組みになっているかを確認します。

 そうすると、このエコシステムがうまく循環しない原因は、修理工場だと分かります。他の関係者は夢のタイヤを欲しがり、それを手に入れる資金力もある。修理工場だけ設備をそろえる資金力がないなら、彼らに対するインセンティブをどう設計しようかという話になります。

 たとえば、ミシュランが修理工場に設備の支払いをローンで払えるようにしていたら、最初から浸透していったかもしれません。先ほど言及した通り、この考え方はAirbnbやUberのようなプラットフォームビジネス)にも活かされます。

 Airbnb は宿泊する人だけではなく、自分の部屋を提供する人の体験も大事ですし、Uberも利用者だけではなく車の運転手にも魅力的なビジネスだと思ってもらわないとサービスは発展していきません。ユーザーだけではなく、その製品やサービスを取り巻く全ての関係者のインセンティブを把握し、そのインセンティブ設計を確立すれば、全ての人から応援されて市場に投入できると思います。

【次ページ】事前に実験せよ、事業を柔軟に変更せよ

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