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  • 2022/06/07 掲載

脱炭素化に向けた検討は? 日欧の「サステナビリティと競争政策」最新動向

経済産業省が解説

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脱炭素社会への移行など、サステナビリティ(持続可能性)の確保に向けた取り組みが本格化する中、「サステナビリティに資する企業の取り組み」と「競争政策」の関係が、新たな論点として浮上している。サステナビリティと競争政策を巡って何が論点となっているのか。経済産業省の担当官が、先行して検討に取り組んできた欧州の最新動向、また、脱炭素社会の実現に向けて検討を開始した日本の状況について、そのポイントをわかりやすく解説する。

執筆:経済産業省 競争環境整備室/知的財産政策室 総括室長補佐 門田 裕一郎

執筆:経済産業省 競争環境整備室/知的財産政策室 総括室長補佐 門田 裕一郎

2013年 経済産業省入省。情報産業課の課長補佐として、海外ファウンドリの工場誘致を中心とした先端半導体の国内製造基盤確保や、5G以降の情報通信システムの開発基盤強化に向けた政策を立案し、「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」を企画・立ち上げ。2020年6月より現職にて、標準必須特許のライセンスを巡る紛争の解決に向けた政策検討に従事し、「標準必須特許のライセンスを巡る取引環境の在り方に関する研究会」の企画・運営を行うとともに、「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」を執筆。2021年より、脱炭素社会の実現に向けた競争政策上の論点について検討を開始し、「グリーン社会の実現に向けた競争政策研究会」を企画。

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「サステナビリティと競争政策」の分野で先行する欧州の議論とは
(出典:Getty Images)


サステナビリティと競争政策を巡る論点とは?

 近年、中長期的なサステナビリティの確保が、国内外を問わず重要な課題となっている。特に気候変動対策については、2015年に採択されたパリ協定によって世界共通の長期目標が定められており、各国・地域の政府が、予算、税制、金融、規制などさまざまな政策手段を用いて、民間企業と協力しながら、脱炭素社会への移行に向けた取り組みを進めている。

 こうした中、欧州を中心として、「気候変動対策などサステナビリティに資する企業の取り組みを、競争政策上どのように取り扱うべきか」について検討が進められている。検討の対象となる取り組みは、主に、複数の企業が共同で行う取り組みである。

 その理由としては、サステナビリティに資する取り組みは複数の企業の協力によって行われる場合があること、また、こうした取り組みが競争法(注1)の規制対象となり得ることが挙げられる。

注1:市場における公正で自由な競争を促す法律であり、日本の独占禁止法に相当する。カルテルなど複数の企業が行う反競争的な(すなわち、企業間の競争を制限するような)共同行為を規制する「共同行為規制」、企業が単独で行う反競争的な行為を規制する「単独行為規制」、合併など企業結合を規制する「企業結合規制」などから構成される。

 複数の企業が共同で行う取り組みに関する競争政策上の論点は、「サステナビリティに資する取り組みを不当に抑制する行為への対応」と「サステナビリティに資する取り組みへの対応」の2つに大きく分けることができる。欧州では、前者については従来通りの法執行によって対応されており、検討の中心は後者となっている。

 このため、以下では、「サステナビリティに資する取り組みへの対応」を中心として、サステナビリティと競争政策に関する検討が先行している欧州の動向を説明する。また、最後に、日本で開始された検討についても述べる。

欧州の動向(1):共同行為規制

 欧州におけるサステナビリティと競争政策に関する検討は、カルテルなど複数の企業が行う反競争的な共同行為を規制する「共同行為規制」を中心として行われている。以下では、まず、欧州連合(以下「EU」)の競争法における共同行為規制について簡単に述べた上で、欧州委員会やEU加盟国の主要な動向を説明する。(注2)

注2:EUと各加盟国のそれぞれに競争法があるため、実際には、EU競争法と各加盟国の国内の競争法の内容は異なる場合がある。しかしながら、以下で取り上げるオランダとオーストリアの共同行為規制は、EUと大きく異なるわけではないことから、ここではEU競争法の共同行為規制について述べる。

EU競争法の共同行為規制の概要
 EU競争法を定めた「欧州連合の機能に関する条約」(Treaty on the Functioning of European Union、以下「TFEU」)では、カルテルなど企業間の競争を制限するような共同行為の禁止を規定(以下「禁止規定」)するとともに、この禁止規定の適用が免除されるための要件を示している。

 禁止規定の適用免除のための要件は、図1の4つ(以下「適用免除の4要件」)から構成され、禁止規定の適用が免除されるためには、これらをすべて満たす必要がある。適用免除の4要件は、(1)効率性の向上、(2)消費者への公平な利益の分配、(3)必須性、(4)競争を排除しないこと、と短く言い換えることもできる。

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図1:EU競争法の共同行為規制における「適用免除の4要件」

サステナビリティに資する取り組みを不当に抑制する共同行為への対応
 サステナビリティに資する取り組みを不当に抑制するような共同行為に対しては、禁止規定に基づき、従来通りの法執行が行われている。最近の代表例として、2021年に、自動車メーカーによる排出ガス浄化装置の開発におけるカルテル(禁止規定への抵触)を欧州委員会が認定し、制裁金を賦課した事案を紹介する(図2)。

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図2:ドイツの自動車メーカー5社によるカルテルの概要
(出典:欧州委員会HP、日本貿易振興機構HPを基に作成)

 本事案では、ドイツの自動車メーカー5社(ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲン(VW)グループのVW、アウディ、ポルシェの3社)が、ディーゼルエンジンの排出ガスから窒素酸化物を削減するために尿素水を注入する制御技術の開発において、尿素水タンクの容量などの仕様で合意を形成するとともに、消費される尿素量の平均値などに関する情報交換を実施していた。

 これについて、欧州委員会は、法令で定められた窒素酸化物の排出基準値よりも優れた浄化性能の開発が技術的には可能だったにもかかわらず、談合を通じて競争が抑制され、各社は開発を怠ったとして、カルテルの存在を認定した。

 本件について、欧州委員会のマルグレーテ・ベスタエアー上級副委員長(欧州デジタル化対応総括・競争政策担当)は、「自動車排出ガスの制御技術における競争とイノベーションは、欧州グリーン・ディールの野心的目標を達成するために不可欠」であるとし、本件に関する競争法の執行を通じて、EU市場の効率性と公平性、企業のイノベーション創出が確保され、欧州グリーン・ディールの推進に貢献できることが示されたと述べている。

サステナビリティに資する共同行為への対応
 サステナビリティに資する共同行為への対応については、従来と同様の考え方の下で対応するのか、それとも考え方を変更するのか、また、考え方を変更する場合にどのような方策を取るのか、といった点について、欧州で活発に検討が進められている。

 この検討における大きな論点の1つは、適用免除の4要件のうち、要件(2)「消費者への公平な利益の分配」の解釈である。現在の欧州委員会の解釈では、要件(2)を満たすためには、共同行為に基づく競争の制限によって関連市場の消費者が被る損害が、共同行為の結果として生じる利益によって完全に埋め合わせられなければならない、とされている。

 これに対して、近年、EU加盟国では、気候変動対策などサステナビリティに資する共同行為について、一定の条件を満たす場合には、消費者が被る損害を完全に埋め合わせる必要はないという考え方(オランダ)や、消費者への公平な利益の分配がなされたものとみなすという考え方(オーストリア)が示されている。

 また、欧州委員会は、上記の解釈を変更してはいないが、要件(2)を満たすかどうかを評価する際に考慮される共同行為の利益に関して、新たな考え方を導入することを提案している。

 以下では、サステナビリティに資する共同行為への対応について、欧州の中でも先行して検討に取り組んできたオランダ、既に法改正を実施したオーストリア、この2022年3月にガイドラインの案を発表した欧州委員会について、それぞれの主要な動きを説明する。

<オランダ>
 オランダでは、2010年代に、サステナビリティに関連する企業間の合意が競争当局によって否定された事案が発生した。その1つが、エネルギー協定に基づく石炭火力発電所の共同閉鎖に関する事案である。

 2013年、オランダでは、政府の社会経済政策に関する最高諮問機関であるオランダ社会経済評議会の関与の下、経営者団体、労働組合、環境団体、金融機関等が参加し、持続的成長に向けたエネルギー協定を締結することとした。本協定には、2050年までにCO2排出量を80~95%削減するという目標が含まれていたが、この目標を達成するために、1980年代に建設された5つの石炭火力発電所を複数の企業が共同で閉鎖するという合意が、本協定の中に含まれていた。

 しかしながら、本合意について、オランダの競争当局である消費者・市場庁は、企業のエネルギー生産能力が減少すれば、電力購入価格が上昇するため、禁止規定に抵触するとした上で、本合意による環境上の利益は、電力購入価格の上昇を埋め合わせるのに十分ではないとして、禁止規定の適用免除は認められないと結論づけた。その結果、この石炭火力発電所の共同閉鎖に関する合意は、エネルギー協定から取り除かれることとなった。

 こうした事案が契機となり、オランダ政府は、他国に先んじて、サステナビリティと競争政策の在り方に関する検討に取り組んできた。こうした検討を経て消費者・市場庁が策定したのが、サステナビリティに資する共同行為に対して競争法を適用する際の考え方を示した「サステナビリティ合意に関するガイドライン」の草案(以下「サステナビリティGL案」(注3))である(図3)。

注3:2020年7月に初版を発表した後、意見募集を経て、2021年1月に第2版を発表している。

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図3:オランダ消費者・市場庁のサステナビリティGL案・第2版(抜粋)
(出典:令和2年度産業経済研究委託事業(近年の競争環境・競争政策等の動向に関する調査)、消費者・市場庁HPを基に作成)

 オランダ競争法においても、禁止規定に抵触する共同行為がその規定の適用を免除されるためには、EU競争法と同様に、適用免除の4要件(図3のa~dに相当)を満たす必要がある。上述の通り、要件(2)を満たすためには、共同行為によって関連市場の消費者が被る損害が、生じる利益によって完全に埋め合わせられなければならないとされている(図3の「欧州委員会が採用している基本原則」に相当)。

 しかしながら、消費者・市場庁が発表したサステナビリティGL案では、企業の共同行為が、(i) 環境被害に関するものであり、かつ、(ii) 効率的な方法で国際基準や国内基準の遵守または環境被害を防ぐ具体的な政策目標の実現を支援するものである場合には、要件(2)に関するこれまでの考え方を逸脱する十分な理由がある、すなわち、共同行為によって関連市場の消費者が被る損害を完全に埋め合わせる必要はないとされている(図3の赤字部分を参照)。

 サステナビリティGL案は、未だ案の段階ではあるが、消費者・市場庁は、本GL案を競合する企業同士のエネルギー分野での協力に対して既に適用しており、その結果、これらの取り組みはエネルギー分野の持続可能な発展に資するものであり、競争法に違反するものではないとの見解を2022年2月に発表している(図4)。

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図4:オランダ消費者・市場庁によるサステナビリティGL案の適用事例
(参考:消費者・市場庁HPを基に作成)

<オーストリア>
 競争法のガイドラインの策定に取り組むオランダとは異なり、オーストリアでは、競争法の改正を行い、共同行為によるサステナビリティへの貢献と禁止規定の適用免除との関係を、法律に規定した(2021年9月に施行)。

 オーストリアの共同行為規制では、カルテルを原則禁止とした上で、EUやオランダと同様に、適用免除の4要件を満たす場合には、禁止規定の適用を免除することとしている。

 今回の法改正では、この適用免除の規定に、「商品の生産・流通の改善または技術的・経済的進歩の促進(すなわち、要件(1))が、環境的に持続可能な経済または気候中立な経済に大幅に貢献するものである場合には、共同行為から生じる利益の消費者への公正な分配(すなわち、要件(2))がなされたものとみなす」旨が追加され、サステナビリティへの貢献が禁止規定の適用を免除する際の考慮要素であることが、法律で明文化された。

<欧州委員会>
 欧州委員会は、企業の水平的な共同行為に関して、禁止規定やその適用を免除する規定の運用指針を示す「水平的協力協定に関するガイドライン」の改正案(以下「水平GL案」)を2022年3月に発表し、意見募集を行った。水平GL案では、「サステナビリティ協定」という章が新たに追加されており、持続可能な目標に向けた企業の水平的な共同行為が、禁止行為に当たらない場合や、禁止行為に当たるものの禁止規定の適用が免除される場合の評価方法について、指針が示されている。

 以下では、サステナビリティ協定の章より、禁止規定の適用免除の評価方法に関する記載(図5)を取り上げて説明する。ポイントになるのは、ここでも要件(2)(図5の「9.4.3.消費者への還元」に相当)である。

 欧州委員会の水平GL案では、オランダのサステナビリティGL案とは異なり、要件(2)が満たされるのは、共同行為から生じる利益が関連市場の消費者が被る損害を上回り、当該消費者への影響が少なくとも中立な場合であるとしている(図5の赤字部分を参照)。既に説明したように、これは従来通りのEU競争法の考え方である。

 一方で、新たな考え方を取り入れようとする動きもみられる。たとえば、水平GL案では、要件(2)で考慮される共同行為の利益は、関連市場の消費者に関係するものでなければならないとしているが、その一方で、その消費者が関連市場外の受益者と実質的に重複している場合やその一部である場合には、商品に対する消費者個人の評価とは無関係に発生する「集団的利益」と呼ばれる利益を、共同行為から生じる利益に含めることができるとしている(図5の青字部分を参照)。

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図5:欧州委員会の水平GL案(抜粋:適用免除の評価方法に関する記載)
(出典:欧州委員会HPを基に作成)

【次ページ】さらなる欧州の動向と日本の動向を解説

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