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- 2023/02/16 掲載
ハーバードとスタンフォード、東西で「対照的」な米大学とイノベーションの関係とは 篠﨑教授のインフォメーション・エコノミー(第155回)
東西で異なる地域の特性とは
連載の第153回で見たとおり、新たなデジタル化の進展によって、IoTやCASEなどイノベーションの舞台はバーチャルだけの世界からバーチャルとリアルが融合したフェーズへと相転移している。デジタル化の波がリアルな物質を用いるウェットラボの領域に押し寄せたことで、アルゴリズムやコンピューター内のシミュレーションだけでなく、両者を融合した幅広い分野にイノベーションの可能性が広がっているのだ。
バイオや医薬品などライフサイエンスの領域はその典型だ。mRNAワクチンの開発・製造で世界の注目企業となったモデルナ社は、この分野のR&Dに携わるウェットラボ企業で、同社の飛躍はバーチャルとリアルの融合という文脈上にある。
ここで重要なのは、この領域の成果は狭い意味の技術的な研究開発だけで実用化できるわけではないことだ。イノベーションの社会化に向けては、生命倫理や規制の面で深い思考と多様な議論が欠かせない。
これらの点で、ルート128に囲まれたボストン地区には、トライ・アンド・エラーの挑戦に長(た)けたドライラボ型のシリコンバレーとは異なる地域力があるようだ。
西海岸スタンフォードと東海岸ハーバードは対照的
イノベーションが盛んなシリコンバレーとボストン地区には、「大学の研究」と戦後の「積極的な軍事支出」という歴史的な共通点がある(Saxenian [1994])。ただし、子細に見ていくと、両地域にはかなり異なる特性もあるようだ。大学の貢献という点で、西海岸のシリコンバレーを代表するスタンフォード大学は単独峰として傑出した存在感がある。しかも、西部開拓の歴史を受け継ぐこの地域では、トライ・ファーストの精神が根付いている。
何かアイディアが浮かんだら、「面倒なことは考えず、とりあえずやろう」という思考回路で、すぐ実践に移す傾向があるのだ。これが、トライ・アンド・エラーを許容する精神と行動を育み、インターネットとパソコンに象徴される1990年代のニュー・エコノミーをけん引した。
一方、東海岸のボストン地区には、ハーバード大学、MIT(マサチューセッツ州工科大学)、ボストン大学、ボストンカレッジなど、多彩な大学が狭いエリアに集積し、重層的な厚みの中で互いに切磋琢磨(せっさたくま)している。
シリコンバレーのスタンフォード大学が富士山型の単独峰なのに対して、東海岸の大学群は、槍ヶ岳や穂高岳など複数の山々から成る北アルプス連峰型ということだろう。さらに歴史的な背景で築かれてきた気質の面でも、東海岸には固有の特徴があるようだ。
【次ページ】ライフサイエンス分野では「東海岸」に軍配のワケ
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