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- 2022/11/28 掲載
モデルナ社を生んだ「東海岸」、シリコンバレーとは異なる「エコシステム」とは? 篠﨑教授のインフォメーション・エコノミー(第152回)
九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
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・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

東海岸生まれのモデルナ社
COVID-19の感染症拡大では、その予防と収束に向けてmRNAワクチンの開発が注目を浴びた。このワクチンの開発と生産では、ファイザー社とモデルナ社が世界に名をとどろかせているが、前回解説したとおり、両者の社歴は実に対照的だ。新薬開発には巨額のR&D資金が必要で、商業化して収益を上げるまでの期間も長いため、企業体力がある老舗の巨大企業でなければ、実現は厳しいと考えがちだ。確かに、米国の南北戦争時代(日本の江戸末期)に創業されたファイザー社は、売上高が813億ドル(2021年12月期)で、日本最大の武田薬品工業を2.5倍も上回る。
一方、2010年創業のモデルナ社は、ハーバード大学で幹細胞の研究に携わっていたDerrick Rossi博士らが、マサチューセッツ州のケンブリッジを拠点とするベンチャー・キャピタルのFlagship Venturesから出資を受けて誕生した新興企業だ。
本社はMIT(マサチューセッツ工科大学)から徒歩圏に所在し、まるでラボ(研究所)のようなスタートアップ企業だ。ボストン・メトロポリタン・エリアが育んだイノベーションの申し子といえるだろう。
シリコンバレーのエコシステムとはどう違うのか
関係者の話によると、コロナ禍前のモデルナ社は、市販品が1つもなく、もっぱらR&Dに携わる研究所そのものだったという。実際、2019年12月期の売上高はわずか0.6億ドル、最終損益に至っては5億円の赤字という小さな存在にすぎなかった。ところが、そのわずか2年後の2021年12月期には、売上高が185億ドル(当時の円レートで2兆273億円)、最終利益は122億ドルの黒字へと激変した。まさに現代のアメリカン・ドリームを体現したようなストーリーだ。
イノベーションによるスタートアップ企業の成功物語といえば、IT革命の波に乗ったネット関連で脚光を浴びる西海岸のシリコンバレーが有名だ。では、モデルナ社を生んだ東海岸のボストン地区は、どのようなエコシステム(経済圏生態系)の特徴があるのだろうか。また、それはシリコンバレーとはどう異なるのだろうか。
筆者は、新興企業を創出する地域特性の調査のため、今年8月にボストン市および隣接するケンブリッジ市を訪問し、関係者への聞き取り調査を行った。これは、今から約10年前の2013年4月に行った現地調査のフォローアップだ。
2回の現地調査で浮かび上がったのは、IT関連のネットビジネスで注目される西海岸のシリコンバレーとは異なる東海岸特有のエコシステム(地域特性)だ。
約10年前の現地調査では、「シリコンバレーはIT関連で突出しているのに対して、ボストン地区は素材開発、ロボット、バイオ、環境、エネルギーなどさまざまな分野が群生した多様なスタートアップの土壌が築かれている」という多様性に富むエコシステムの話が印象的だった。
【次ページ】モデルナ社の成功、実は10年前に予見されていた?
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