• 2025/10/01 掲載

年収3億円でも流出止まらず…メタが143億ドル投じた「最後の賭け」の行方(2/2)

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そもそもScale AIとはどのような企業なのか

 メタはなぜScale AIへの投資が、AI分野の取り組みを加速させると考えているのか。そもそもScale AIとはどのような企業なのか。

 Scale AIは2016年に設立された、AI開発に不可欠なデータラベリング(メタデータの生成)を専門とする企業だ。同社の急成長は驚異的で、2023年の年間収益は7億6,000万ドル(約1,105億円)に達し、前年比162%という爆発的な成長を記録。2024年8月末時点では年間経常収益(ARR)が「10億ドル近く」に到達したと報告されている。ロイター通信によると、2024年の収益は8億7,000万ドルだった。

 同社のビジネスモデルは独特だ。フィリピン、ナイジェリア、ケニアといった人件費の低い国々の労働者をプログラム的にアクセス可能にし、機械学習アルゴリズムに必要なデータのラベリング作業を提供する。この垂直統合型のAPIとビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)により、50%以上の粗利益率を実現している。

 Scale AIが提供する主要製品は4つ。中核となるデータラベリング事業では、ソフトウェアと外注労働者をバンドルで提供する「Rapid」と、顧客が独自の労働力を雇用できるDIY型SaaSの「Studio」を展開。さらに、訓練データ管理のための「Nucleus」、人工データセット生成の「Synthetic」、ワークフロー自動化サービスも手がける。

 特筆すべきは、同社の顧客層だ。OpenAI、アンソロピック、Cohereといった大手言語モデル開発企業が、人間のフィードバックによる強化学習(RLHF)のためにScale AIのプラットフォームを活用。グーグルに至っては、2024年に約1億5,000万ドル(約218億円)を支払い、2025年には2億ドル(約290億円)の支出を計画していたという。

 Scale AIの価値は単なる労働力の提供にとどまらない。博士号保有者を含む歴史学者から科学者まで、専門知識を持つ人材ネットワークへのアクセスを提供し、複雑なデータセットへの注釈付けを可能にしている。AIモデルが高度化するにつれ、このような洗練された人間による事例提供への需要は急増しており、1つの注釈に100ドル(約1万4,500円)もの費用がかかることもあるという。

 メタがScale AIに着目した理由はここにある。ワン氏が持つ情報に加え、競合他社がすでに活用している高品質なデータラベリング基盤を手に入れることで、遅れを取り戻そうとしているのだ。

メタによる投資がもたらした「流出」

 メタのScale AIへの投資は、市場に大きな影響を及ぼしている。特に、Scale AIからの既存顧客の流出が顕著となっている。

 投資発表からわずか24時間以内に、業界に激震が走った。グーグルは複数のScale AIプロジェクトを即座に停止。「Genesis」や「Beetle Crown」といったコードネームのプロジェクトに従事していた請負業者たちは、作業の「一時停止」を通知するメールを受け取ったという。

 ある米国在住の請負業者は、Geminiが生物学の難しい質問に答えられるよう支援するグーグルプロジェクトに数カ月間従事し、時給50ドルを稼いでいた。しかし、メタとの取引が発表されたその日に、プロジェクトは突然中止された。数週間前には継続を保証されていただけに、衝撃は大きかったという。

 影響はグーグルだけにとどまらない。イーロン・マスク氏のxAIも複数のプロジェクトを停止。「Xylophone」と呼ばれる主要プロジェクトでは、ゾンビ黙示録から火星での生活まで幅広いトピックについてxAIのチャットボットを訓練していたが、メタの投資以降、複数の関連プロジェクトが一時停止状態となった。

 もちろんOpenAIも同様の措置を取っている。

 顧客離れの背景には明確な理由がある。メタと競合するAI開発企業は、研究の優先事項やロードマップが流出する可能性を懸念しているのだ。顧客は独自のデータや試作品を共有することが多く、メタが49%の株式を保有することで、ビジネス戦略や技術的な設計図に関する情報が漏れてしまう可能性がある。

 財務的影響も深刻だ。ロイターの報道によれば、グーグルは2024年にScale AIのサービスに1億5,000万ドルを支出。これはScale AIの収益の約20%を占めていた。2025年には2億ドルの支出を計画していたが、この巨額の契約が失われることになる。

 ある小規模投資家は、大手テクノロジー企業の顧客喪失をメタの投資で補うことはできないと判断し、Scale AIの残りの株式を売却すると語った。競合企業のCEOは、メタとの取引成立以降、元Scale AI顧客からの問い合わせが急増していると証言している。

メタの人材流出という根深すぎる問題

 Scale AIへの投資により、メタは状況を一変できるのか。多くの疑問点が残る。特に、メタの構造的な問題とAI人材流出問題を鑑みると、それほど簡単なものではないことがわかる。

 メタのAI部門は深刻な人材流出に直面している。象徴的なのは、同社の看板モデル「Llama」を開発したチームの崩壊だ。2023年にLlamaを世界に紹介した画期的な論文の著者14人のうち、現在もメタに在籍しているのはわずか3人。研究科学者のヒューゴ・トゥブロン氏、研究エンジニアのザビエル・マルティネ氏、技術プログラムリーダーのファイサル・アザール氏のみが残留している。

 流出した人材の多くは、メタと直接競合する企業に移籍した。特にメタからの移籍が多いのは、パリを拠点とするMistral AIだ。同社は元メタ研究者のギヨーム・ランプル氏とティモテ・ラクロワ氏が共同創業したAIスタートアップ。両氏はともにLlamaの主要設計者だった。バティスト・ロジエール氏、マリーアンヌ・ラショー氏、ティボー・ラブリル氏といった他の元メタ研究者も加わり、メタの主力AI開発と直接競合する強力なオープンソースモデルを構築している。

 退職者のメタでの平均在籍期間は5年以上で、短期雇用者ではなくメタのAI開発に深く関わっていた研究者たちだ。2023年1月という早い時期に退職した者もいれば、Llama 3の開発サイクルを経て今年退職した者もいる。こうした主要研究者の離脱は、メタの既存AIチームの崩壊を意味する。

 Mistral以外への流出も止まらない。ベンチャーキャピタリストのディーディー・ダス氏によると、メタは年間200万ドル(約3億円)を超える報酬パッケージを提示しているにもかかわらず、OpenAIやアンソロピックに人材を奪われ続けている。

 ダス氏は1週間で3件のケースを個人的に聞いたという。また最新報道によると、メタはOpenAIから1億ドルもの破格で人材引き抜きを試みたものの、これまでのところ獲得には至っていない模様だ。

 特にアンソロピックの吸引力は強い。Tomshardwareのまとめによれば、DeepMindから10.6人、OpenAIから8.2人、Hugging Faceから2人がアンソロピックに移籍する一方、各社がアンソロピックから獲得した従業員はそれぞれ1人のみ。給与以外にも、「型破りな思考者」を受け入れる独自の文化、真の自律性、柔軟な勤務形態のほか、社内政治の少なさ、温和な管理体制などがアンソロピックの大きな魅力になっている。

 こうした構造的な弱点を抱える中でのScale AIへの投資は、果たして起死回生の一手となり得るのか。人材と技術の両面で課題を抱えるメタにとって、道のりは険しいと言わざるを得ない。

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