- 2026/01/21 掲載
健康も経済も「逆に悪化」? たばこ規制で見落としがちな「ある盲点」の回避策とは(2/2)
タバコよりも“経済的損失”がヒドい「あの嗜好品」
では、具体的に「何が」社会の財布を痛めつけているのか。病気になって医療費がかかること(内部コスト)と、犯罪や事故で他人に迷惑をかけ、警察や司法が動くこと(外部コスト)。この2つを明確に区別して議論しなければならない。ここに、世界中の経済コスト研究を統合分析した論文がある。『What are the Economic Costs to Society Attributable to Alcohol Use? A Systematic Review and Modelling Study』という題のその論文では、以下のような分析がなされている。
「刑事司法部門におけるコストは、一部の国では医療費さえも上回っている。犯罪関連の高いコストこそが、いくつかの国(例:カナダ)において、たとえタバコのほうが世界的に見て疾病負担(健康被害の総量)が大きかったとしても、全体的な経済コストにおいてアルコールがタバコを上回る主な要因となっている」(筆者訳)この分析が示唆している内容は、あまりにも重く、そして皮肉だ。
タバコはたしかに喫煙者本人の体を蝕むかもしれない。しかし、経済的な視点で見れば、アルコールこそが「犯罪」や「治安維持」という莫大なコストを社会に強いているというのだ。飲酒した人による暴力、飲酒運転、そして警察の出動。これらはすべて、飲酒していない市民や、税金を負担する企業が支払わされている「外部コスト」である。
タバコを重点的に規制し、社会の治安やビジネスを直接脅かすリスクが高いと見られるアルコールによる犯罪コスト、経済的損失が後回しになってしまう。これでは、規制により目指す社会の到来が遠のいてしまうことになりかねない。
さらに、現在の規制の在り方からは、いわゆる「風船効果」の懸念も生じる。風船の片側を押せば、もう片側が膨らむ。タバコを極端に押さえつければ、人々が規制の抜け穴となるアルコールや違法薬物へと逃避するリスクがある。
人間には、ストレスやプレッシャーから逃れたいという欲求がある。その出口をすべて塞ぐことは不可能だ。だからこそ、何か1つを悪者にして叩くのではなく、全体を見渡してバランスを取る「調整」が必要になる。
「健康」と「経済活動」両立に必要な“視点”とは
冒頭で触れた厚生労働省の委員会に話を戻そう。国民の健康のために議論が重ねられていることは、称賛されるべき尊い姿勢である。しかし、その対象が「タバコ」という一点に集中しすぎているように見受けられる現状は、あまりにも惜しい。たとえば、タバコ規制を議論する際に、同時にアルコール販売のライセンス制度を見直す議論があっていい。あるいは、タバコ税の増税を検討するなら、その影響でアルコール消費量がどう変化するかを、シミュレーションしてから決定しても遅くはない。医療界でも「公衆衛生」というビッグデータと親和性の高い考えが発展し、人々の行動データが蓄積されている今、より、広い視野に基づいた公平なルールの下で、人々の健康と経済活動を両立できるような「グランドデザイン(全体構想)」を描くことは不可能ではないはずだ。
2025年の冬に始まった喫煙に関する議論が、単なる「タバコ規制」で終わらないことを願う。この議論がどのような結末に着地するのかは、日本という国が、データに基づいた意思決定を行えるかどうかの試金石でもあるからだ。
壁に掛かった時計の針が進むのと同じように、時代も進んでいる。古いやり方に固執せず、新しい技術と広い視野を持って、規制のあり方を再定義する。それこそが、ビジネスとITが融合した社会における、最も理にかなった解決策であるはずだ。
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