- 2026/09/07 06:10 掲載
東大・稲見教授に聞くAI時代の「人間の価値」、最後に残る“2つの資源”の正体(2/2)
ロボットは「修行」できない?
──身体は人間にとってある種の制約になっている面もあると思いますが、その一方で現在のソフトウェアとしてのAIは、身体を持ちません。人間とAIの身体の有無についてどう見ていらっしゃいますか。稲見氏:私の中で、リアリティの定義の1つは、痛みです。痛みがあることによって、ほかのことに意識も向かないぐらいそこに注意が向いてしまう。この状態ではまさに身体があるから痛みがあるわけです。そうした振る舞いが人間である我々を人間らしくしていますし、痛みを恐れたり危険なことをしない、という状態にもなります。身体があることによって、我々らしく振る舞える部分は大いにあるのではないかと思っています。
その一方で、我々の身体自体が、自己修復能力があったり傷が治ったりしますよね。でも、傷が治るロボットは、研究自体はありますけれどもほとんど存在しない。ロボットについて学んでいる学生がぼやいていたのですが、人間は練習すればするほど強くなってくるのに、ロボットのハードウェアは、練習すればするほど壊れていきます。AIにとって身体は、電脳空間から現前するための新しい依り代となるだろうなと思いますし、身体があることにより、現在の制約から解き放たれるだろうと思います。
この先AIが「見えなくなる」時代が来る?
──自分の意思をロボットに投影する技術などもあり、知覚的な部分は、ロボットやAIと人間がうまく連携しています。一方、物理的な身体面においては、ロボットやAIとの関係性はどうなっていくのでしょうか。稲見氏:最終的に、お互いのことを意識しなくなる可能性もあるかもしれません。たとえば、我々は腸内細菌と共生しているし、我々の体の中では、自動のシステムとして胃や腸が動いていますよね。これらは、普段意識することも、会話することもできないのですが、我々とお互いうまく関係を築いています。また、コンピューターも機器として形があるうちは存在を認識できますが、IoTのようになると、段々と目に見えなくなります。
今、AIが目に見えているのは最初の時期だからで、近い将来は環境とか服とか、色々なものに織り込まれて、それをその都度AIと言わなくなる。でも、それにより、生活が非常に便利になったり病気にならなくなったりするのではないでしょうか。
──具体的に言うと、どのような箇所にAIが入ったら、私たちの生活が変わっていくのでしょうか。
稲見氏:おそらく1番簡単に想像できるのは、私が見ている世界を同じように見て、私が経験している世界を同じように経験する、というAIの登場です。私と同じくらい、もしくは私以上に私のことを分かってるAIです。それにより、自分よりも何かを先回りして行ってくれるようになるのが最初の一歩だと思います。
AI時代でも大谷選手が「超絶人気」のワケ
──今後、ホワイトカラーは仕事として消滅する一方で「ブルーカラーミリオネア」が生まれるという考え方や、ホワイトカラー的な仕事もAIが拡張してくれる、という考え方に分かれています。稲見先生はどのような見通しをお持ちですか。稲見氏:やはりAIが得意なのは、「ググれる世界」です。すでに情報になっている世界に関しては、もう人間以上だと思います。その意味では、物理が関わってない領域を扱うことに関しては、どんどん置き換えられていく、と思います。
ただ、まだ「ググれないこと」は世の中にたくさん存在します。たとえば、私が今ウキウキしているのか、疲れているのかは、まだググれないですよね。でも近い将来、AIがカメラで見て、もしくはセンサーを付けてそれが分かるようになるかもしれない。
もう1つが、囲碁将棋の世界で起きていることです。囲碁将棋では人間のプレイヤーよりもAIのほうが優秀というケースは出てきます。それでも我々は、人間のプレイヤーのことを応援しますよね。今、どのAIが囲碁や将棋で1番強いのかを覚えている人はいないかもしれませんが、藤井聡太さんのことは誰もが覚えている。同じように、大谷翔平選手よりも速くボールを投げられるロボットは作れるし、より正確に打てるロボットも作れるかもしれない。でも、きっと大谷選手のほうが人気はある。
ロボット工学者の森政弘さんが提唱した「不気味の谷(注1 )」という概念がありますが、私はその先に「推しの山」があるのではないかと思っています。自分に近かったり自分より少し優れていると、ライバルであり少し不快でもあるかもしれない。でも、自分とかけ離れていて、非常に頑張っている人は応援したくなる。さらにもっと優れたAIやロボットがいるとどうでもよくなってしまう。
箱根駅伝を見ていてテレビで映っている1番速いのは白バイですよね。しかし、視聴者は特段白バイを応援してないですよね。そこに人間の本質があるのかなと。人間なのに頑張っているとか、人間なのにこのゲームをうまくプレイするとか。そんな、人間がやってみせるという価値は、今後も残ると思います。
最後に価値が残る「2つ」のリソース
稲見氏:やはりキュリオシティ(好奇心)とモチベーション(動機)ですね。これが最後のリソースではないかと考えています。結局、AIの分野も含め現在活躍しているのは、好奇心がある人ですよね。でも好奇心の持ち方は誰も教えてあげられない。
また、何かを作りたいという思いもなければ、AIは何にも使えない。「世の中をこうしたい」などといったモチベーションというのが最後のリソースかもしれない。今はアテンションエコノミーと言われて、人々の注意がリソースとされていますよね。おそらくその先、最後に取り合いとなる「天然資源」は好奇心と動機だと思います。
──となると、その2つをどう刺激していくのかが、プロダクトやサービス設計の最も重要な動機付けになっていくのでしょうか。
稲見氏:はい、そもそも人は自らが知らないことを好きになれません。だからそれを体験する場を作るわけです。東京大学カオスキャンプもそれで設立しました。
おそらく、まるで永久機関であるように、好奇心の原料は好奇心で、モチベーションの原料はモチベーションなのです。何かに興味を持つともっと興味が出てきますよね。モチベーションも、いわゆる「やる気スイッチ」はなくて、実際に動くことが1番のやる気スイッチとも言われていますよね。
──好奇心と動機のそのサイクルを作り出していくことは、どちらもまったく持っていない人にとって相当困難な気もします。
稲見氏:それは「ない」のではなくてまだ出会っていないのかもしれません。私はずっと自分は運動が苦手だと思ってきて、好きなスポーツもありませんでした。でも「超人スポーツ協会」(注 2)という団体を立ち上げて、「ホバークロス」という、体重移動のみで操縦できる電動スクーターとポロを組み合わせたような新競技で優勝してしまいました。
だから、新しく作れば得意なものもあるかもしれない。好奇心とか動機も、今あるものに興味を持たないだけかもしれません。新しい作品やジャンルがあれば、何か感じるものがあるかもしれない。そのためにクリエイティブでいないといけないのではと思います。
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