• 2011/08/02 掲載

【阪本順治×荒井晴彦 対談:後編】思惑が外れたのが、吉を生んだ--映画『大鹿村騒動記』(2/2)

映画『大鹿村騒動記』監督・脚本:阪本順治氏×脚本:荒井晴彦氏

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同じ条件からスタートして――

──ところで歌舞伎の映画を、というのは?

 阪本■原田さんの主演でというのは決まっていたんですが、どういう話にするのか2人で話していても、なかなか決まらない。だったら、本人に聞いてみようということになって、2人で芳雄さんの家に行ったんですよ。そうしたら「大鹿歌舞伎っていうのがあってさぁ」と写真集とか差し出され、「ああ、面白そうですね」と返事しながら、2人とも頭真っ白になって(笑)。

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『大鹿村騒動記』7月16日(土)より全国ロードショー!
配給:東映 (C)2011「大鹿村騒動記」製作委員会

 荒井■村歌舞伎はおろか歌舞伎なんて、観たことない。顔を見合わせ、えらいことになったなぁという。

 阪本■こちらも対案があって、相談に行っているわけでもなかったですから。ただ結果として、それはそれでよかったんじゃないか。2人ともが熟知していないぶん、手探りもいいところで始まっていますから、余計に脳みそも働いた。

 荒井■原田さんでアクションといえば想像の範囲内だけど、歌舞伎となると「まいったなぁ」ですよ。でも逆に、歌舞伎の主役をやる人として原田さんを見ることができた。仇とか恨みとかいった言葉が歌舞伎の中に出てくる。3人の関係にそれをダブらせて見てもらえたらというのも、あるんですよね。

 共同作業というのは、だからある目的さえ共有していれば協力が強力になる。

 阪本■ただ、2人でやっていて、ものすごく時間がかかったのは笑いの部分ですよね。貴子がスーパーで塩辛の壜を万引きするシーンとか、「とんかつにソース、醤油?」と言うのとか、観てない人には何のことかわからないでしょうけど、そういうささいなものを見つける。具体がむずかしいんですよね。三角関係にある片一方の男は好物だけど、もう一方は嫌いだという。そういうのに何があるんだろう。納豆じゃなんだし……というのを、2人で真剣に意見を出し合うんです。

 荒井■とんかつにかけるのは醤油かソースか問題というのは、外から見ればどうでもいいように聴こえることだけど、2人が熱いときには大した問題にはならないけど、冷めてきたときには大きな問題になり得る。別れる理由になるかもしれない。

 阪本■でも「とんかつがどうとか」ってずっとこんな会話で記事になるんですか?(笑)。2人で、スマートフォンはどうだという話をしろと言われてもムリですけど。

 一応まじめな話をすると、映画の中で善がケータイを持っているという設定は、小さいことなんですが、難しいんですよね。昔なら、何かあってもすぐに連絡がつかないということにスジが生まれたりしたのが、今回主人公がケータイをもつ人間なのか、持たない人間なのかというところにスジが左右される。

 (原田)芳雄さん自身は、いまだに持たない。ケータイを渡しても「これ、どこを押せばいいんだ?」と訊き返してくる人ですから。映画では結局、持っていることにしましたけどね。

 荒井■違うシーンだったら気になったのかもしれないけど、大雨が来て、雨の中で持っているというから納得するんだと思う。

 阪本■緊急ですからね、台風が来てという。

 荒井■あれはでも、家の中でやっていたら違和感があったのかもしれない。

 阪本■だから持ってないなら持っていないなりに、「俺は持たないんだ」という頑固さをどこかに出さないといけなかったりするんですよね。いまどき持ってないオヤジというキャラを色づけしないといけない。

 荒井■ケータイ持たないのも煙草吸うのも理由付けが必要な時代になってしまった。

──時間も迫ってきたので、強引にまとめてしまいますが、10年を経ての再び仕事をともにされてみてどうでした?

 荒井■阪本もプロでした。って言うと怒るかもしれないけど、やりとりは楽しかったですよ。

 阪本■いいもわるいも、気をつかいましたけど。いまは作ったものに対しては審判待ちですし、俺の口から言うのもなんですが、また何かやれるかなと思いました。共同でシナリオを作る面白さもわかりましたし。荒井さんが言ったように、自分の我は置いといて映画のためにというのもね。

 荒井■それは、村歌舞伎というお題が出てきたことで、2人の条件が同じになった。阪本の企画でも、ぼくの企画でもないという。「えっ、村歌舞伎ですか?」となったときに、スタートラインが同じになった。しかも喜劇。もうお互いそれぞれの映画体験、素養というものを曝け出して勝負せざるをえない。

 阪本■まだ見たことのない山を前にして、スポーツ用品店にまず行って「靴はどうしましょう?」「こっちのほうが登るのにいいんじゃない」と相談し合うようなものでしたから。

 荒井■おたがい登山の道具なら一式もっているよという人と組んだのなら、これはまた違ったものになったんでしょうけどね。

 阪本■結果的にそれはいいほうに展開したんですが、前回の『KT』のように資料調べが山ほどあって、話はシリアスで暗い気分になるとかいうものなら、また喧嘩していたのかわかりませんよね。ただ、言えるのは、今回はストーリーを1つひとつ立ち上げていくのが楽しかった。

 荒井■却下されたこともあるけれど、乗るべきところは、乗ってくれたというのは大きかったよね。

 阪本■だって最初が「シカじゃなくて、バカ」からでしょう。なんてバカなことを言う人なんだろうというところから、荒井さんに対する見方が変わったというか、驚きましたから(笑)。こんな面もあるのかと。

 荒井■よくぞやらしてくれたな、です。「俺は男女のしがらみを描くだけでなく、こういうこともできるんだよ」ということをいくら示したいと思っても、場を与えてもらわないことには発揮できないわけで、そういう意味ではありがたかった。風評被害を払拭するためにもね。


(取材・構成:朝山実、撮影:市村岬

●荒井晴彦(あらい・はるひこ)
1947年、東京都出身。若松プロダクション助監督を経て、77年に曽根中生監督作品『新宿乱れ街・いくまで待って』で脚本家デビュー。その後、『赫い髪の女』『遠雷』『ダブルベッド』『Wの悲劇』『リボルバー』『ヴァイブレータ』『やわらかい生活』など多くの話題作、ヒット作を手がける。97年には映画『身も心も』で監督デビューを果たした。89年から季刊誌『映画芸術』編集発行人を務めている。

●阪本順治(さかもと・じゅんじ)
1958年大阪府生まれ。横浜国立大学在学中から石井聰亙(現・石井岳龍)監督、川島透監督などの撮影現場にスタッフとして参加。89年に『どついたるねん』で監督デビューを果たし、芸術選奨文部大臣新人賞、日本映画監督協会新人賞、ブルーリボン賞最優秀作品賞など数々の映画賞を受賞。00年には藤山直美主演『顔』で日本アカデミー賞最優秀監督賞、毎日映画コンクール日本映画大賞などを受賞。ほかにも『鉄拳』『トカレフ』『新・仁義なき戦い』『KT』『闇の子供たち』『座頭市 THE LAST』など多くの話題作を撮り続けている。


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