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- 2020/08/03 掲載
吉野家のデリバリー専門店は「業界秩序の激変」の予兆か?外食産業を待ち受ける未来とは
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コスト構造がまったく異なる
先月、ツイッター上で不思議な吉野家の店舗が話題となっていた。通常の店舗とは異なり、大きな目立つ看板はなく、小さなドアがあるだけの建物である。だが、よく見るとオレンジ色の「吉野家」という小さな看板が目に入る。これは吉野家が試験的にオープンしたデリバリー専門店で、一般的な店舗のように顧客が入店して食事をする仕様にはなっていない。通常の看板を掲げると顧客が間違って入店する可能性があるので設置しなかったそうだが、看板がないとウーバーイーツや出前館などの配達員が迷ってしまうため、小さな看板を掲げたという。建物の入口上部にはテント屋根が張られているが、文字を塗りつぶしたような跡がある。またファサード(建物の正面)には看板を取り外したような痕跡も見える。おそらくだが、以前はスナックなど飲食店として使われていた物件を居抜き(そのままの状態で賃借すること)で借りたものと推察される。
通常、飲食店が新しく店舗をオープンする場合には、かなりの初期投資がかかる。大手チェーン店の場合、規格が統一されており、大量に発注するので、ある程度はコストダウンが期待できるが、内装(壁や床、ドアなど)や看板、什器備品、厨房設備などをすべて揃えるには相応の支出が必要である。しかも業務で用いる場合には痛みが激しいので、5~7年程度で設備をリニューアルしなければならない。飲食店にとってこうした設備投資負担は極めて重い。
ところが、デリバリー専門店は、今回のケースのように居抜きでもまったく問題ない。看板や内装といった初期投資が不要となることからコストが安く済むことに加え、場所の制約がないという点も大きい。
このようなことを書くと、一部の読者は不快に思うかもしれないが、飲食店の業績のほとんどは「味」ではなく「立地」で決まるというのがこの世界の常識である。本来、飲食店は味で勝負すべきだが、現実にはよほどの有名店でもない限り、交差点の角や繁華街の道路に面した店舗にはかなわないのだ。
こうした事情から、外食産業では条件の良い場所の争奪戦となっており、多数の来客が見込める物件の賃料はまさに青天井という状況だった。しかしデリバリー専門店なら場所にこだわる必要はなく、賃料は一気に安くなる。
外食のデリバリーは不可逆的な現象
デリバリーの場合、ウーバーや出前館といったデリバリー事業者に手数料を支払う必要があるため、飲食店の利益率が下がる。だが、デリバリーを思い切って拡充し、徹底的なコスト削減を実現すれば、デリバリー中心でも十分に利益を出せるはずだ(もともとラーメン店や寿司店は出前を大前提にしており、出前込みで収益が計算されていた)。吉野家が実験店舗を出しているのは、デリバリー・ビジネスのフィジビリティ(実現可能性)を検証することが目的と考えられる。重要なのは、外食産業のデリバリー化は決してコロナによる一過性のものではないという現実である。ウーバーイーツをはじめとするデリバリー・サービスの台頭によって、米国では数年前からレストランの廃業が相次いでいた。デリバリーは単に便利なので利用されているのではなく、IT化によるビジネス環境の変化が大きく関係している。
ここ数年、ビジネスのITシフトが急ピッチで進んでおり、仕事は以前と比較してより個人完結型になった。欧米はもともと個人単位で仕事を進めるケースが多かったが、それに拍車がかかった格好だ。これによって、職場の同僚とランチやディナーに行く回数が減り、代わりにデリバリーを頼む人が増えている。
プライベートでも、百貨店やショッピングモールに行く人が減り、多くの買い物をネットで済ます人が増加した。ショッピングと食事はセットになっているので、ネット通販の利用が増えれば、当然、飲食店の利用は減る。
つまり、外食産業のデリバリー化は、IT化というイノベーションがもたらした構造的なものであり、不可逆的な現象と考えた方が良い。
マクドナルドはグローバルに展開するチェーン店であり、米国をはじめとする諸外国の状況をよく理解している。吉野家は、牛丼という、いかにも日本的な商品を扱っているが、米国で発展したチェーンストア理論を1960年代に日本でいち早く導入した実績があり、米国の消費市場動向にはかなりの知見を持つ企業だ。
こうした感度の高い企業は、数年前からデリバリーシフトのインパクトの大きさを理解しており、他社に先がけて準備を行ってきた。こうしたタイミングでコロナ危機が発生したことで、他社との違いが鮮明になっただけである。
【次ページ】市場構造は激変する?外食産業の未来予想図とは
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