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  • 2020/10/13

バスケ界の伝説 マジック・ジョンソン氏が語る「ブラック・オウンド・ビジネス」の鍵

アーヴィン・“マジック”・ジョンソン氏は誰もが知る米NBA(プロバスケットボール)のレジェンドと呼ばれるスター選手だ。現役引退後はジョンソン・デベロップメント・コーポレーション(現在はマジック・ジョンソン・エンタープライズ)を設立、CEOに就任し、さまざまな事業を展開している。そのマジック氏がUPSが開催しているウェビナーシリーズに登場、BLM運動で注目された「ブラック・オウンド・ビジネス(黒人が経営する会社)」のパイオニアとしての経験、スモールビジネスを成長させるための秘訣、コロナ禍をいかに乗り切るべきかなどを語った。

米国在住ジャーナリスト 土方 細秩子

米国在住ジャーナリスト 土方 細秩子

米国在住のジャーナリスト。同志社大学卒、ボストン大学コミュニケーション学科修士課程修了。テレビ番組制作を経て1990年代からさまざまな雑誌に寄稿。得意分野は自動車関連だが、米国の社会、経済、政治、文化、スポーツ芸能など幅広くカバー。フランス在住経験があり、欧州の社会、生活にも明るい。カーマニアで、大型バイクの免許も保有。愛車は1973年モデルのBMW2002。

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バスケット界のレジェンド、マジック・ジョンソン氏
(写真は2019 NBAアウォーズの様子)
(写真:AP/アフロ)

マジック氏ですら「融資を断られ続けた」

 マジック氏が公式にNBAから引退したのは1991年。その後も1992年のバルセロナ五輪でマイケル・ジョーダンらとドリームチームを結成するなど活躍し、2002年にはバスケットボールの殿堂入り、2019年にはNBAアワードから生涯功労賞を受けた。

 このように絶大な人気と実力を誇ったマジック氏ではあるが、ビジネスを始めた当時はそれなりの苦労があったという。「最初の3年間は銀行から融資を断られ続ける生活だった」と本人が認めるように、バスケ界ではレジェンドでもビジネスマンとして成功するかどうかについては疑問を持たれていたのだという。

 マジック氏はこの過程を「バスケからビジネスへ、自分に再投資する期間だった」と語る。拒絶されるたびにビジネスプランを練り直し、相手を説得できる企画を作り上げる。ここから学んだことは「スモールビジネスにとってのサスティナビリティ(持続性)はよそからの資金をいかに集めるかにかかっている」ということだったという。

 ようやく資金を集めて、まずマジック氏が着手したのはマジック・ジョンソン・シアターというシネマコンプレックスを全米5か所に設置することだった。この後1998年、マジック氏はスターバックスの創始者であるハワード・シュルツ氏に直談判し、アーバン・コーヒー・オポチュニティ(UCO)をスターバックスとの共同出資という形で起こし、現在は全米70か所に独自のスターバックスチェーンを展開している。さらに2001年からは不動産投資、住宅ローンなどにも手を広げ、着々と事業を伸ばしてきた。

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マジック・ジョンソン・エンタープライズのホームページ。自社のミッションを大きく掲げている
(出典:Magic Johnson Enterprises)


ビジネスを成功させるための7か条

 特筆すべきは、シネマコンプレックス、スターバックスともに黒人コミュニティをターゲットとし、それに併せた独自の商品やサービスを提供してきた、という点だ。マジック氏は別のインタビューでビジネスを成功させるための7か条を語っている。

1.メンターを持つこと

 ミシガンで過ごした少年時代、マジック氏には2人の憧れのビジネスパーソンがいた。ジョー・ファーガソン、グレイ・エデンという2人の人物により、マジック氏は黒人でも自らのビルを所有したり車のディーラーシップを持つことができると学んだ。

 ファーガソン氏はマジック氏に対し、ビジネスの基礎を学ぶことを勧めた。バスケットに専念しながらも、マジック氏はその教えを守り、いつか自分のビジネスを立ち上げるための勉強を続けてきた。またグレイ氏は彼のディーラーでマジック氏をアルバイトとして雇い、ビジネスの流れなどを教えた。

2.知識に対して貪欲であること

 NBA引退後、マジック氏は自分が所属していたレイカーズのオーナー、ドクター・バズに師事し、毎日のようにレイカーズのオフィスに通い、銀行、スポンサーが果たす役割、スタジアムのシーティング、プレイヤー、広告などについて学んだ。また従業員の1人1人と毎日順番にランチを取り、業務についての質問を重ねた。そこからさらに人脈を広げ、ビジネスアイデアなどについての協議を重ねた。

3.ユーザー・リサーチを行うこと

 マジック氏が展開するビジネスのターゲットは主に黒人、ヒスパニックである。彼が成功した理由のひとつは、ユーザーについてその好み、ニーズを知り尽くしていたことにある。それは彼自身が育ったコミュニティにその後も住み続け、人々と交流を続けた結果得られたものである。

 そこで学んだのは、映画館に行く米国人の割合は黒人、ヒスパニックが多い、ということだった。スポーツゲームや劇場は高額であり、手軽なエンターテイメントとして映画が選ばれる率が高かったのだ。また多くの映画館は都市の中心部にあり、彼らが住む地域からは遠かった。そこで彼らのコミュニティに映画館を新設することを思いついたのだという。

 また、彼の最初の映画館はソニーと提携したものでロサンゼルスにオープンしたが、そこで販売する飲み物にストロベリー、グレープ、オレンジなどのジュース類や他の清涼飲料水を加えた。それまで映画館の飲み物と言えばコーラのみだった。さらに顧客の好みを考え、販売する食べ物にスパイシーなものも加えた。ハラペーニョのホットドッグなど、今ではどの映画館でも見られるが、最初に導入したのはマジック氏だったのだ。

 そこからマジック氏が学んだのは「誰にでも受け入れられるビジネスというのは存在しない。一定の顧客タイプに注力することで成功を得られる」ということだったという。

4.製品ではなく販売するのはエクスペリエンス

 バスケットボール選手時代、マジック氏は試合観戦に来る人々の間に「試合を見に来る人」と「試合を経験するために来る人」がいることを理解していた。素晴らしい経験を持つことで人々はロイヤリティを持つことになる。マジック氏の事業の中で最も成功しているのはスターバックスチェーンの経営だが、シュルツ氏はマジック氏に対し好きなようにチェーンをカスタマイズする権限を与えた。

 たとえばマジック氏はスターバックスのメニューの中に「スコーン」という食べ物が存在するが、彼がターゲットとする顧客層はそれが何か理解しない人が多い、ということを知っていた。そこでスコーンに代わりスイートポテトパイ、パウンドケーキ、ピーチコブラ―など、彼がターゲットとする顧客層が好む食べ物を入れた。

 さらに顧客の好みに合わせ、彼のチェーンではモータウン、プリンス、マライア・キャリーなどの音楽が流された。これにより、彼の顧客はマジック氏が経営するスターバックスが他のスターバックスとは違う、ということを学び、店舗を「自分たちの店舗」だと認識するようになった。こうしてリピーターが増え、ビジネスの成功が導かれた。

【次ページ】ビジネスを成功させるための7か条、残り3つ+追加3つ

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