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  • 2022/07/29 掲載

物価上昇で苦しくなる生活……それでも「賃金上昇」に期待できない理由

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国内の物価高騰が顕著になっているにもかかわらず、賃金上昇の兆しが見えない。日本の賃金低迷は今に始まったことではなく、過去30年間、日本の賃金はほとんど伸びていない。こうした状況のままでは、インフレを克服できるはずがなく、賃金上昇は喫緊の課題となっている。いったい何が賃金上昇を妨げているのだろうか。

執筆:経済評論家 加谷珪一

執筆:経済評論家 加谷珪一

加谷珪一(かや・けいいち) 経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。

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物価が高騰する中、私たちの賃金はほとんど上昇していない。このままでは生活が苦しくなるばかりだが、なぜ賃金は上昇しないのか?
(Photo/Getty Images)

日本企業の業績は過去30年間、伸びていない

 日本国内の賃金は過去30年間、ほぼ横ばいの状態が続いており、同じ期間で1.5倍から2倍以上に拡大させた諸外国との差はあまりにも大きい。日本の賃金が伸び悩んでいる最大の理由は、日本企業の生産性が低く、高い付加価値を獲得できないことである。

 経済学的に見た場合、賃金というのは生産性に比例するものであり、生産性というのは企業の付加価値が増大しない限りは決して上昇しない。日本の賃金が上がらないのは、すべて企業の付加価値の問題に尽きると言って良い。日本企業における従業員1人当たりの付加価値は、ほぼすべての分野においてアメリカやドイツなどよりも低くなっている。つまり1人の従業員が稼ぎ出す金額が、欧米諸国よりもはるかに小さいというのが現実である。

 日本企業の付加価値が増大していないことは、日本企業全体の業績推移を見れば一目瞭然である。企業にとって売上というのは、すべての利益を生み出す源泉であり、売上高が伸びなければ付加価値は増えようがない。ところが日本企業は過去20年間、ほとんど売上を伸ばすことができない状態が続いている。売上高が伸びなければ、毎年のように値上げを実施しない限り、付加価値は増えず、賃金も上昇しない。

 日本企業の業績が横ばいであることに関して、財政出動の不足などマクロ経済政策が原因と指摘する声があるが、これは誤った認識である。

 説明するまでもなく、製造業の多くが輸出(あるいは現地生産)によって事業を成り立たせており、日本の製造業にとって海外需要(外需)は利益の源泉である。経済学的に見れば、外需というのは外生変数であり、内需と無関係に決まる。政府が財政出動を実施しようがしまいが、製造業の業績は各社の経営能力で決まってしまうのだ。

 世界経済は過去30年間、順調に規模を拡大させてきたので、外需は増える一方だった。日本の輸出が増えなかったのは、増大する国外需要に日本企業が対応できなかっただけの話である。

 内需についても基本的に同じ図式が当てはまる。財政出動があろうがなかろうが、iPhoneのような製品に対する需要はうなぎ登りである。消費者が欲しい財やサービスを企業が提供できれば、政府が財政支援しなくても需要は拡大していく。魅力的な製品やサービスがあっても需要を拡大できないのは貧しい途上国だけであり、豊かな先進国では、魅力的な商品さえ提供されれば、自然と需要は拡大していく(財政出動というのは、ケインズによって一時的な需要不足への対処として理論化されたものであり、連続的な財政出動が長期的な成長を促すというメカニズムは定義されていない)。

 企業というのは、基本的に経営者の意思によって戦略が決定されるという現実を考えた場合、日本企業だけが業績を拡大できない原因は、やはり経営にあるとの結論にならざるを得ない。

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日本国内の賃金は過去30年間、ほぼ横ばいの状態が続く一方、諸外国は同じ期間で1.5倍から2倍以上に拡大させている
(Photo/Getty Images)

企業が負うべき本当の社会的義務とは?

 株式会社というのは、経営と所有を分離し、不特定多数の投資家から資金を集めることを目的に意図的に設計された企業形態である。当然のことながら投資家というのは、利益を求めて資金を出しており、上場企業の経営者はその要求に応える義務がある。最も分かりやすいのは私たちの年金だろう。

 現在、日本の公的年金は積極的に株式投資を行っており、多くの上場企業において公的年金は主要株主となっている。公的年金が上場企業に投資する目的はただ1つ、私たちの年金を増やすためである。ここで企業側が株主(つまり公的年金、ひいては日本国民)の意向を無視して、利益の追求をやめたらどうなるだろうか。私たちの年金は減額されることになるが、それを「はいそうですか」と受け入れる国民などいないはずだ。

 企業の経営者は、企業の付加価値を最大化すると同時に、外部に対して説明責任を果たす義務を負っており、こうした一連の枠組みのことをコーポレート・ガバナンスと呼ぶ。ところが日本の場合、コーポレート・ガバナンスが十分に機能していないことが多く、これが企業の低収益の温床となっている。

 企業の利益追求と聞くと、単純な利益至上主義を思い浮かべる人も多いかもしれないが、そうではない。企業がしっかりとした利益を上げなければ、従業員に賃金を支払うこともできず、結果として消費者の生活水準は下がり、消費も低迷する。そして、まさにそのような状況になりつつあるのが今の日本である。

 米国の場合、株主の意向が極めて強く、株主からの利益要求に経営陣が応えるという形で企業の業績が拡大してきたが、株式会社の運営というのは米国型がすべてではない。たとえば欧州では、労働者の生活を守るため、企業に高い業績を求めることについて社会的合意が得られており、米国とは異なる形で経営者に対しては義務が課される。ドイツでは債務超過の状態を放置した経営者には罰則が適用されるなど、一連の社会的要請はかなり厳しいと考えてよいだろう。

 上場企業の経営者は、高い社会的地位と報酬を得ており、その報酬に見合った働きをするのは、近代国家において当たり前の社会的行為である。

【次ページ】経営がしっかり機能していれば内部留保の問題は発生しない

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