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  • 2023/12/28 掲載

年収3,000万の開業医も……医師の報酬を削れば現役世代の「保険料負担」は減るのか?

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現役世代の保険料負担を軽減するため、政府が医療費の削減を検討している。医師会などは猛反発しており、最終的には診療報酬の引き下げは行われない見通しだが、この問題は今後も議論の対象となる可能性が高い。現役世代からは医療削減を求める声が多く出ているが、どう考えれば良いのだろうか。

執筆:経済評論家 加谷珪一

執筆:経済評論家 加谷珪一

加谷珪一(かや・けいいち) 経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。

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現役世代の保険料負担を軽減するため、政府が医療費の削減を検討しているが、医師会などは猛反発している…この問題はどう考えれば良いのだろうか
(Photo/Getty Images)

開業医の利益率は高いという調査結果

 財務大臣の諮問機関である「財政制度等審議会」は2023年11月、24年度の予算編成に向けた提言をまとめ、診療報酬について、現役世代の負担を軽減するため、医療従事者の人件費などにあたる部分を引き下げるよう求めた。

 財務省の調査によると、診療所の利益率は平均8%と高い水準となっている。これを一般的な産業の平均程度になるよう診療報酬を見直せば、保険料負担を総額で2,400億円減らせると試算している。小規模な診療所院長の中には年収3,000万円を得ているケースもあり、現在の日本の経済水準からするとかなり高い。こうした高額報酬を是正することで医療財政を少しでも好転させ、現役世代の負担を減らそうという意図である。これに対して医師会は猛反発しており、議論の行方が注目されていた。

 現実問題として医療保険の財政は逼迫しており、今後も継続的に何らかの改善を実施しないと制度が維持できなくなるリスクがつきまとう。一部の開業医がかなりの高額報酬を得ているというのは事実であり、公的保険制度での事業であることを考えると、一定以上の高額報酬について是正すべきというのはその通りだろう。

 しかしながら、私たち国民が理解しておくべきなのは、医療財政の逼迫は、開業医の報酬を減らした程度では、到底、改善できないほど悪化しており、今後も継続的な財政立て直しが必要という点である。仮に診療報酬の削減が実現したとしても、それは抜本的な解決策ではなく、今後、さらに大規模な改革が必要となるのは間違いない。

 医療保険制度はあまり馴染みがなく、ピンと来ないという人も多いので、もう少し具体的に説明してみよう。

 私たちは何気なく病院に行って治療を受けているが、公的な保険制度が存在しない米国などから見ると、これは驚愕すべき仕組みである。米国ではちょっとケガをして入院しただけでも、数百万円取られることはザラにある。日本でも公的医療制度がなければ、治療費は自費で支払うか、もしくは高額な民間保険に入ることで対処するしかない。ほぼすべての国民が、当たり前のように病院に行って最先端の治療を受けることができるのは、すべて公的保険制度のおかげである。

 だがこの制度を維持するためには莫大なお金がかかる。

 日本の年間医療費は約43兆円と巨額だが、このうち私たちが支払う保険料や自己負担分でカバーできているのは全体の6割しかなく、残りはすべて公費負担となっている。医療費は年々増加しており、このままでは十分な医療が提供できなくなる可能性が高まっている。

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ほぼすべての国民が、当たり前のように病院に行き最先端の治療を受けることができるのは、すべて公的保険制度のおかげである。だが、この制度を維持するためには莫大なお金がかかる…
(Photo/Shutterstock.com)

結局のところお金が足りていない

 世論の一部からは、老人が過剰に病院に通うことで無駄な医療が発生しており、財政が逼迫しているとの声が出ている。たしかに一部の老人がコンビニに行くかのように気軽に病院に通っているのは事実かもしれない。だが、医療費が膨れ上がっているのは、こうしたお手軽医療が主要因ではない。あまり知りたくない現実だろうが、医療現場はもっと過酷であり、命をつなぐための治療にほとんどの支出が費やされているのが現実だ。

 現時点で年収400万円のサラリーマンは、月1万7,000円程度の保険料しか負担していない(残り半分は会社が負担)。一方、私たちがどの程度の医療費を一生の間に使うかについて考えてみよう。日本の死因のトップはがん、2番目は心臓病であり、このデータは多くの日本人が三大成人病に罹患した後、死亡することを意味している。

 がんで手術や抗がん剤治療などを行えば、1人当たりにかかる医療費が1,000万を超えることはザラにある。心臓病にも手術がつきものなので、やはり治療費は高額になりがちだ。若い世代であっても、歯科通院や風邪などの日常的な病気、盲腸、骨折などで受診することがあり、こうした治療にも高額な費用がかかっている。

 これを月々わずか1万7,000円の負担でカバーするというのは到底不可能であることは、計算しなくても分かることだろう。さらに言うと、日本の場合、諸外国と比較して人口あたりの患者数が突出して多いことが知られている。日本の医療従事者1人が担当する患者の数は諸外国の3倍となっており、日本の医療現場は常にパンク寸前の状況である。

 患者数が多い原因の1つとなっているのが、貧弱な介護制度と精神疾患への社会的ケアである。

 日本では介護制度が十分ではなく、事実上、病院が介護施設の肩代わりをしているケースが多い。厚生労働省によると入院患者のうち、介護との関連性が高い療養病床は全体の2割以上を占める。人口あたりの療養病床数は諸外国の5~20倍に達しており、これはかなりの異常値と言える。同様に、日本は精神病床の多さも突出しており、こちらも全体の2割以上を占め、やはり諸外国との比較では人口あたりで3~20倍と突出して多い。

 諸外国では介護制度が整っており、医療と介護は別枠で処理されているが、日本の場合、介護制度が貧弱であることから、すべて医療にシワ寄せが行く。また欧米各国では精神疾患を抱えた患者は、地域や企業などが総合的にケアをすることが当たり前となっているが、そのためには相応のコストが必要となる。日本社会ではこうしたコストが捻出できず、多くの精神疾患を抱えた患者が入院という形でケアされており、これが医療費の増大に拍車をかけている。

 療養病床や精神病床が諸外国並みの水準まで下がれば、支出を4割減らすことが可能であり、現在の保険制度でも十分に機能することになる。だがそうするためには、介護や精神的なケアに多くの予算を割かなければならず、結局、ほかの分野で財政逼迫が起きる。 【次ページ】もはや現状の医療水準は維持できなくなっている

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