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- 2025/05/31 掲載
医療分野の「エージェンティックAI」で大成功事例、画期的なRAGシステムの正体とは
バークリー音大提携校で2年間ジャズ/音楽理論を学ぶ。その後、通訳・翻訳者を経て24歳で大学入学。学部では国際関係、修士では英大学院で経済・政治・哲学を専攻。国内コンサルティング会社、シンガポールの日系通信社を経てLivit参画。興味分野は、メディアテクノロジーの進化と社会変化。2014〜15年頃テックメディアの立ち上げにあたり、ドローンの可能性を模索。ドローンレース・ドバイ世界大会に選手として出場。現在、音楽制作ソフト、3Dソフト、ゲームエンジンを活用した「リアルタイム・プロダクション」の実験的取り組みでVRコンテンツを制作、英語圏の視聴者向けに配信。YouTubeではVR動画単体で再生150万回以上を達成。最近購入したSony a7s3を活用した映像制作も実施中。
http://livit.media/

AIプロジェクトをめぐる課題:失敗率上昇と現場のジレンマ
AIプロジェクトの失敗率が急上昇している。2025年4月にはGoogle CloudとMcKinsey & Companyが共同で発表した報告書において、生成AIプロジェクトに対するCIOと事業部門の間の期待値の乖離が依然として大きく、約72%の企業がROI評価の枠組みに苦慮しているという知見が示された。
S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスの最新調査によると、AIイニシアチブの大半を断念した企業の割合は、前年の17%から42%へと大幅に増加。実証実験(PoC)段階での失敗も目立ち、平均して46%のAIプロジェクトが本番稼働に至る前に中止を余儀なくされているのが現状だ。
失敗の要因として、コスト面での課題に加え、データのプライバシーやセキュリティリスクが挙げられる。現状でAI導入が進んでいるのは、IT運用、カスタマーエクスペリエンス、マーケティングプロセスなどの領域に限られているという。
失敗率が高い理由の1つに、現段階では成功事例が少ないということが挙げられるかもしれない。そこで以下では、エージェンティックAIにより価値を生み出した医療分野の成功事例の詳細、そして成功に導くための重要な視点を紹介する。
ヘルスケア分野エージェンティックAIの破壊的イノベーション
AIプロジェクトの課題が山積する中、医療分野で画期的な成功を収める事例が登場した。ニューヨーク拠点の医療機関NYU Langone Healthによる、次世代の医師育成を促進するエージェンティックAIだ。同機関は、NYU グロスマン医科大学とNYU グロスマン・ロングアイランド医科大学、6つの入院施設、375の外来施設で構成される巨大な医療教育機関。ここで導入されたのが、研究アシスタントと医療アドバイザーを兼ねる大規模言語モデル(LLM)を活用したシステムである。
毎晩電子カルテ(EHR)を処理し、関連する研究論文や診断のヒント、重要な背景情報を抽出し、翌朝、各研修医にパーソナライズされた形でメール配信するものだ。特徴は、AIだけでなく、データにも焦点を当てた点にある。
同機関は過去10年間、学生のパフォーマンス、患者ケア環境、電子カルテの記録内容、臨床判断、患者との対話や治療における推論プロセスなど、膨大なデータを収集。さらに、動画、自己学習教材、試験問題、オンライン学習モジュールなど、医学生向けの豊富なリソースを蓄積してきた。
この膨大なデータをRAGシステムに統合、さらにRAGシステムからの情報検索を自律的なAIエージェントが担う仕組みを構築したことで、価値ある情報検索サービスを構築することに成功した。
この成功を支えているのが、同施設の合理化されたアーキテクチャだ。集中管理されたIT部門、医療側の単一データウェアハウス、教育用の単一データウェアハウスにより、さまざまなデータリソースの統合を実現。最高医療情報責任者のポール・テスタ氏は、優れたAI/MLシステムには優れたデータが不可欠だと指摘する。同機関は規模が大きいものの、「1人の患者、1つの記録、1つの基準」という原則で運営されており、これがAIプロジェクト成功の大きなカギになったとみられる。
このシステムの有効性は、興味深い形で証明された。システム障害によってAIによるメール配信が数日間停止した際、教職員や学生から不満の声が多数上がったのだ。同機関の医学教育・イノベーション研究所のディレクターを務めるマーク・トリオラ氏は、医療における「あらゆる面での精密さ」の重要性を強調。その精密さを実現するように、認知バイアスや誤り、非効率性を克服し、診断の意思決定を改善できるという実績が蓄積されつつあるという。 【次ページ】リアルタイム臨床知識アップデートを可能にしたRAGシステム
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