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- 2025/07/21 掲載
「泣ける」コンテンツがウケる理由でわかる、人が本能的に「ほしがっている」もの
専門は「神経美学」。慶應義塾大学大学院心理学専攻を修了後、ウィーン大学心理学部研究員・客員講師、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ生命科学部上級研究員などを経て現職。アートや広告、映画など、人の心を揺さぶる表現や体験を脳科学の手法を用いて分析し、「なぜ人は涙を流すのか」「なぜほしくなるのか」といった、感情のメカニズムを明らかにしてきた。脳の働きと心の動きをつなぐ研究は、マーケティングや商品開発の現場から注目を集めている。著書は『神経美学 美と芸術の脳科学』(共立出版)など。
人が悲しいものに惹かれる理由をたどっていくと…
「泣ける」コンテンツには、不思議な力があります。死別、余命宣告、失恋、記憶喪失。
本来なら避けたいはずの悲しみや別れを描いているのに、人はなぜか、それを求め、自ら進んで体験しようとする。
なぜ私たちは悲しいものに惹かれるのでしょうか。
なぜ「泣ける」ことが売りになるのでしょうか。
しかも、それが作り話だとわかっていても、なお心を動かされるのはなぜなのでしょう。
この問いをたどっていくと見えてくるのは、人が「感情そのもの」をほしがり、お金を出して買っているという事実です。
最も強く人の注意を引き付けるのは「失うこと」
私たちは、意識していなくても「何かが引っかかる」ことにとても敏感です。誰かの視線を感じて思わず振り返ってしまったり、会話の中のひとことが「え、それどういうこと?」と気になって、後になっても思い出してしまったり。
それは違和感のような不一致だったり、単純な興味だったりと種類はさまざまですが、「気になる」という感覚には抗いがたい吸引力があります。
これは年齢や性別に関係なく、誰もが持っている、ごく自然で本能的な反応です。
赤ちゃんですら、同じような顔写真が2つ並んでいるとき、わずかに非対称なほうや表情に変化があるほうを、より長く見つめる傾向があることがわかっています。
心理学では、こうした現象を「選好注視」と呼びます。
「何かが違う」「どこか変だ」と感じるものに、人は無意識に注意を向けるのです。
では私たちにとって最も気になるものとは何でしょうか?
ポジティブな情報でしょうか? 得をする話でしょうか?
実は違います。
最も強く人の注意を引き付けるのは、「危険」や「喪失」、つまり「失うこと」なのです。
ノーベル経済学賞科学者が証明した衝撃の事実
「行動経済学の父」と呼ばれるノーベル経済学賞科学者、ダニエル・カーネマンの「プロスペクト理論」によれば、人間は、同じ金額でも得たお金よりも失ったお金のほうが、心理的インパクトが大きいとされます。たとえば同じ1万円でも、失った1万円のほうが、得た1万円よりも多く感じると言うのです。これは単なる心理的な錯覚ではなく、生存戦略として理にかなっています。
原始時代、獲物を1日逃しても翌日また挑戦できますが、危険な獣に襲われれば一度で命を落とすかもしれません。「得られなかった」ことよりも「失った」ことのほうが生存上のリスクが高い。
そのため、私たちの脳は何十万年もの進化の過程で、「獲得」よりも「喪失」に強く反応するようになったのです。
よく考えてみると、悲劇とは、本質的になにかが「失われる」物語です。
恋人との別れ、愛する人の死、故郷の喪失、理想に対する挫折──これらはすべて、「何かがそこにあった」状態から「もうそこにはない」状態への移行を描いています。
つまり「泣ける物語」の多くは、「喪失の物語」なのです。
失うつらさやほしいものが得られない悲しみは、得る喜びよりも強い。
だから「悲劇」は強く心に届きます。
人間の本能に訴えかけているから、誰にとっても理解しやすく、多くの人に伝わりやすいのです。
『ロミオとジュリエット』から『タイタニック』、それから現代に多く制作されている「余命もの」や災害をテーマにした作品まで、多くの名作が「喪失」をテーマにしているのは偶然ではありません。
そこに人間の根源的な恐れが宿るからこそ、私たちの心を強く揺さぶるのです。
実はそれを示すような、ちょっと意外な事実があります。 【次ページ】記録に残っている世界最古の「泣ける」コンテンツ
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