• 2026/07/17 06:10 掲載

ピーター・ティールとテック右派生んだシリコンバレーの変質…成功し過ぎた“反体制”

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かつてシリコンバレーのテクノロジーは、国家や巨大企業から個人を解放するシンボルとして語られていた。だが今、その中心では、生成AIやデータ解析技術が軍事・国家安全保障分野と急速に結びつきつつある。象徴的なのが、米起業家・投資家のピーター・ティール氏や米パランティア・テクノロジーズCEOのアレックス・カープ氏の存在だ。“反権力”の夢を抱いたインターネットは、なぜ統治と管理の技術へと反転したのか。メディア美学者の武邑光裕氏が、テック右派の台頭を手掛かりにカウンターカルチャーの“成功の果て”を語る。
聞き手・構成:編集部 金本 景介   撮影:西畑 孝則   取材協力:武邑 光裕

武邑 光裕

メディア美学者。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。1980年代よりメディア論を講じ、インターネットやVRの黎明期、現代のソーシャルメディアからAIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。2017年よりCenter for the Study of Digital Life(NYC)フェローに就任。『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。17年、Center for the Study of Digital Life(NYC)フェローに就任。著書に『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』、『ベルリン・都市・未来』、『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』、『Outlying 僻遠の文化史』がある。15年よりベルリンに移住、22年帰国。

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メディア美学者
武邑光裕氏
プロフィール:日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。1980年代よりメディア論を講じ、インターネットやVRの黎明期、現代のソーシャルメディアからAIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。2017年よりCenter for the Study of Digital Life(NYC)フェローに就任。『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。17年、Center for the Study of Digital Life(NYC)フェローに就任。著書に『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』、『ベルリン・都市・未来』、『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』、『Outlying 僻遠の文化史』がある。15年よりベルリンに移住、22年帰国。

自由を掲げたシリコンバレーはなぜ「国家の側」に回ったのか

──昨今、既存の民主主義を否定するテック右派にみられるように、シリコンバレーの“変質”が大きなテーマになっています。シリコンバレーにおけるテクノロジーはもともと個人の自由を拡張し、政府や巨大組織から距離を取るものとして語られてきました。それが今では軍事や国家安全保障、諜報活動と結びつき社会を「統治」するための技術になりつつあります。

武邑光裕氏(以下、武邑氏):1995年に英国の研究者であるリチャード・バーブルックとアンディ・キャメロンが「カリフォルニアン・イデオロギー」という論文を書いたことが重要です。これは当時、非常に大きな議論を呼びました。

 彼らが論じたのは、当時のシリコンバレーを中心とした新しいテクノロジー、特にインターネットを武器にした思想のことです。西海岸のリバタリアン的な考え方、つまり政府の介入を抑え、個人の自由と市場の自律性を重視する思想と、1960年代から70年代の米国のカウンターカルチャーが混ざり合っていた。それを彼らは「カリフォルニアン・イデオロギー」と呼んだわけです。

 当時は、どちらかというと反政府・反国家な考え方が強かった。サイバースペースはいずれ独立国家のような機能を果たすだろう、という夢のようなビジョンがあったのです。分散化されたネットワークが、国家に代わる新しい空間になるという発想です。

 ところが2020年代ごろから、特に顕著になってきたのがテック右派の台頭です。

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ピーター・ティール氏を突き動かす“哲学”とは【画像付き記事全文はこちら】
ピーター・ティール氏を突き動かす“哲学”とは
(写真:REX/アフロ)
 特に象徴的なのが、米パランティア・テクノロジーズ共同創業者で会長を務める投資家ピーター・ティールと、同社共同創業者兼CEOのアレックス・カープです。私は2015年に日本からベルリンへ移住しましたが、ベルリンでも2015年くらいからパランティアの話はよく耳にしていました。

 少なくとも、かつての反政府・反国家という考え方とは真逆です。政府や国家との関係性が非常に強まっていくプロセスそのものが、パランティアの成長に伴っていました。

──パランティアは政府機関や民間企業向けに、データ分析プラットフォームを提供しています。特に米国防総省や米中央情報局(CIA)と関係が深く、かつてのシリコンバレーのイメージとは真逆です。

武邑氏:面白いのは彼らが単なる起業家ではなく、哲学的な素養を持っているということです。

 アレックス・カープは、もともとスタンフォード大学を出た後、ドイツのフランクフルトに留学しました。そしてユルゲン・ハーバーマスのもとで学ぼうとした。ハーバーマスは社会学者であり、哲学者でもあります。

 ハーバーマスの重要な概念に「公共圏」があります。これは、国家や市場から独立した市民が、新聞、雑誌、カフェ、集会などを通じて議論し、合意を形成していく空間のことです。つまり、権力が一方的に社会を動かすのではなく、市民の討議によって公共的な意思が作られていく場を重視したわけです。

 同時にハーバーマスは生活世界がシステム世界に、つまり行政や資本、テクノロジー、大企業の論理によって侵食され、さながら植民地化されていくことを非常に危惧した人でもあります。

 だから、カープがハーバーマスから学んだという事実は、非常に皮肉が利いています。カープのその後の活動は、ハーバーマスが重視した公共圏とは正反対です。むしろ政府の統治こそが国民を危機から守る、という考え方に立っている。インテリジェンスや諜報活動を軸に据えた世界観です。

 興味深いのは、ハーバーマスが亡くなった後、カープが追悼文を書いていることです。そこでは非常に敬意を込めて、ハーバーマスが厳しい先生だったということも述べている。ただ、やはり方向性がまったく異なるのです。

 カープにしてもティールにしても思想的な背景を持ちながら、テクノロジーと国家の関係を組み替えようとしている。そこに現代のテック右派を読み解く鍵があるのではないでしょうか。
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ティールとカープが示す、カウンターカルチャーの“反転”

──ティールの思想的背景はよく知られています。スタンフォード大学時代に多文化主義を批判する保守系の学生新聞『スタンフォード・レビュー』を創刊しており、哲学者ルネ・ジラールにも傾倒していました。米ペイパル創業時代のティールは反国家的なリバタリアン志向もありました。

武邑氏:ティールも、もともとは今のように鮮明なテック右派の考え方だったわけではなかったはずです。

 米ペイパルを創業した時代は、やはりカリフォルニアン・イデオロギーのような、独立した分散化技術があれば政府に頼る必要はない、という考え方に立っていた人でした。通貨や決済を国家から切り離し、ネットワーク上で独立させようとする発想ですね。

 それが時代とともに変化してきた。ペイパル時代には、まだカウンターカルチャー的な考え方があったのだと思います。

──その変化はティール個人だけでなく、シリコンバレー全体の変化とも重なりますか。

武邑氏:そうです。さらにいえば1960年代、70年代のカウンターカルチャーそのものが、今どうなったのかという問題にもつながります。

 結論からいえば、カウンターカルチャーは完全なる大成功を収めてしまった。米アップルにしてもそうです。

 山にこもって暮らしていたヒッピーたちが使っていた自然食品や化粧品は、今では大手の食品会社化粧品会社に買収されています。ヒッピーが作り上げたプロダクトや世界観は、今や完全にメインストリームの経済構造に組み込まれている。

 都会に残ってコンピューターに向かった人たちは、スタートアップをつくり、アップルのような巨大企業を生んだ。結局、カウンターカルチャーは敗北したのではなく、成功しすぎたのです。かつて反体制や反規制を掲げていた人たちが、いつの間にか巨大企業の側にいる。

 ティールにしてもカープにしても、かつてのカウンターカルチャー的な発想が、今やまったく別のものに変容している。これは非常にパラレルな展開だと思います。

 だからテック右派は突然外から現れたものではない。カウンターカルチャーが成功し、資本に吸収され、国家と接続していく中で生まれたものでもあるのです。 【次ページ】生成AIの主戦場は「情報」ではなく「人類の記憶」
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