- 2026/07/17 06:10 掲載
ピーター・ティールとテック右派生んだシリコンバレーの変質…成功し過ぎた“反体制”(3/3)
テック右派が盛り上がる中で“新たな反体制”は可能なのか
──AI時代の今だからこそ人間がいかに判断力と自由意志を取り戻すかが問われます。先ほど巨大資本に飲み込まれたカウンターカルチャーの話がありましたが、いまだ顕在化していない新たなカウンターカルチャーの芽もあるのではないでしょうか。武邑氏:今起きているカウンターカルチャーは、なかなか見えにくい。ただ、それが、これからルネサンスを形成していくだろうという気はしています。
私はそれを「分散ドロップアウト」と呼んでいます。
たとえば、米国では子どもを公立学校に行かせなくてもいいという法律があります。これはカウンターカルチャーの親たちが何十年も国と戦って勝ち取ったものです。地域の中にマイクロスクール(テクノロジーを用いて個別最適化された教育を提供する学びの場)があり、子どもたちをそこに通わせている。
ほかにもWeb3や暗号技術を活用した分散型の経済圏への移行や、脱労働(アンチワーク)のように「一切仕事をしません」という考え方もあります。そうしたさまざまな動きを統合していくと、新しいルネサンスの流れが見えてくる。そこに今のカウンターカルチャーがあるのではないか。
──既存の制度から距離を取り、小さな場を作り直す動きという点ではクラブカルチャーも同様です。著書『ベルリン・都市・未来』でも、クラブがスタートアップやハッカー文化と結びつく場として描かれていました。
武邑氏:ベルリンでは、クラブとスタートアップが密接につながっていました。
ベルリンはもともと東西の壁によって分断されていた街で、壁の崩壊後、東と西の若者たちがどう有機的につながるかが大きな課題でした。その中でクラブは、単なる娯楽の場ではなく、人々が出会い、情報を交換し、新しい関係性を作るコミュニティスペースとして機能した。そこで生まれた交友関係や情報の流れが、スタートアップとも結びついていったわけです。
もちろんこれはベルリンだけの話ではありません。アムステルダムもそうですし、最近ではジョージアのような「ニューイースト」、つまり東欧よりさらに東の地域にも人が集まっています。
背景にあるのは、より自由を求められる場所への移動です。規制が比較的緩やかな都市には、スタートアップ関係者や技術者、アーティストが集まりやすい。旧ソビエト圏の支配を経験した地域では、社会の変化とともにクラブカルチャーが新しい場を作り、そこに若者や起業家が集まっていく。そこから実験的なコミュニティが生まれていくのです。
──小さな場や実験的コミュニティに可能性がある一方で、かつてのカウンターカルチャーは最終的には巨大市場に取り込まれていきました。
武邑氏:莫大な資本力に対抗していくアプローチは、非常に難しい。
ただスケールアップしていけばいいというわけではないのです。小さい力だけれども、非常に大きな影響力を持てるところに光はあるかもしれない。大きくなることや、スケールすることだけを目的にした瞬間に、また同じ構造に吸収されてしまう。昔と同じやり方、成功モデルをなぞるだけではいけません。
そしてこれからのカウンターカルチャーは、従来のカウンターカルチャーと異なる形を取る可能性が高い。
かつては左翼的な学生運動が反体制の象徴でしたが、しかし今はテック右派系の学生たちによるムーブメントが盛り上がっている。それはソーシャルメディアの動きとも連動しています。今の新しいカウンターカルチャーは、右派から出てきているという面もあります。
そういう意味では、リベラルな流れが非常に脆弱になってきている。ここからもう1回リベラルの揺り戻しが来るのかどうか、それがこれからの見ものだと思います。
──テック右派の勢いはこのまま続くのでしょうか。
武邑氏:それはまだ分かりません。ただ右派的なムーブメントがこれだけ強まっているからこそ、どこかで別の揺り戻しも起きるはずです。問題は、それが昔の左派的な運動の再来になるのか、それともまったく違う形を取るのか。
私がベルリンに移住した2015年ごろ、右派ポピュリズム政党のAfD(ドイツのための選択肢)は弱小政党でした。ネオナチのように扱われ、そうした政党が存在すること自体が問題だという空気があった。ところが、それから10年もたたないうちに大きな存在感を持つようになった。ポピュリズム自体も、最初の粗削りなところを洗練させながら、社会の中に入り込んでいったわけです。
今は、生活の苦しさや将来への不安の中で、救世主のような強い指導者を求める心理も出てきています。人々が「信じたいものを信じたい」と思うとき、そこにさまざまな解釈が生まれる。場合によっては、その解釈が暴走していく。そういう意味でも、今の時代は非常に中世的です。
権力は分散し、真実も揺らぎ、さまざまな解釈が並び立っている。そこにAIが入り、記憶を蓄え、解釈を提示するようになった。
しかし、解釈を担うのは本来、人間です。AIが記憶を蓄え、国家とテクノロジーが結びついていく。その中で、人間がどのように解釈を取り戻すのか。身体性をどう取り戻すのか。小さな共同体をどうつくるのか。そこに新しいカウンターカルチャーの可能性があります。
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