• 2026/09/08 20:00 掲載

OpenAIが数学の「ミレニアム懸賞問題」の証明発表も、Anthropic数学者ら反発

ナビエ・ストークス方程式の一部証明も、経緯を巡り論争に

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米OpenAIは2026年9月8日、開発中のAIモデルが数学のミレニアム懸賞問題の一つ「ナビエ・ストークス方程式」の「存在と滑らかさ問題」を一部解決したとする証明を生成したと発表した。約1万のAIエージェントを並列稼働させ、約88時間で結論に到達したという。一方、関連研究を進めていたAnthropic所属の数学者らは、OpenAIが研究の進展を知った後に大規模な計算資源を投入した経緯や、AIサービスの利用データがモデル改善に影響した可能性を問題視しており、成果の優先権や研究倫理を巡る論争に発展している。

米OpenAIがミレニアム懸賞問題のナビエストークス方程式の一部証明と発表

 米OpenAIは2026年9月8日、社内で開発中の未公開AIモデルを利用して、数学におけるミレニアム懸賞問題の一つである「ナビエ・ストークス方程式」の「解の存在と滑らかさに関する問題」を一部解決する証明を生成したと発表した。ナビエ・ストークス方程式は水や空気などの流体の運動を記述するものであり、航空機の設計や天気予報など多様な分野の基礎となっている。今回の発表では、流体に滑らかな外力を加えた条件下において、流体の速度が有限時間内に無限大へと発散する特異点が発生するというシナリオが証明されたとしている。

 これは米国クレイ数学研究所が提示する公式な問題設定のうち、破綻を示す主張の「CとDを確立した」ものに該当する。証明の生成にあたっては、GPT-6 Astraよりも大幅に高性能とされる次世代の社内モデルが用いられた。同社は2026年9月1日にミレニアム懸賞問題が解決されたという噂を聞いたことを契機として取り組みを開始し、約1万体のAIエージェントを並行して稼働させた。エージェント群はナビエ・ストークス問題単体で約270万件のメッセージを交換し、約1300億トークンを消費して、開始から約88時間後の9月5日に結論へと到達した。

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【図版付き記事】OpenAIが数学のミレニアム懸賞問題「ナビエ・ストークス方程式」一部証明解決、Anthropic数学者らは経緯に反発(図版:ビジネス+IT)
 さらに同週に試みた他のミレニアム問題を含めた作業全体では約3000億トークンを消費し、全体の計算コストは約1500万ドルから2250万ドルに達したと試算されている。その後、定理証明支援言語であるLeanを用いた形式化と機械検証がGPT-6 Astraによって約17時間かけて行われ、証明の無謬性が確認されたとしている。OpenAIの最高研究責任者であるマーク・チェン氏は、この計算にかかったコストが数百万ドル規模に達したと説明し、同社はクレイ数学研究所が提供する100万ドルの懸賞金を請求する意向はないことを明言している。

 しかし、この歴史的な発表の直前に、人間による先行研究との間で学術的な優先権や倫理を巡る対立が表面化している。ニューヨーク大学のトリスタン・バックマスター教授と、OpenAIの競合であるAnthropicに所属する数学者レベント・アルポーゲ氏の共同研究チームは、OpenAIの発表に先立って経緯を問題視する声明を公開した。バックマスター教授らは約1年前からAIツールであるCodexやClaudeを活用しながら関連する流体力学の研究を行っており、スペインの数学者らが開拓した無限カスケードと呼ばれるアプローチを基礎としていた。

 その結果として2026年8月22日までに3次元非圧縮オイラー方程式などにおける滑らかな外力下での有限時間爆発を示す論文とLeanによる検証済みの証明を完成させていた。教授の声明によれば、8月下旬に彼らの研究成果に関する噂がコミュニティ内で広まり、その情報を感知したOpenAIが自社の計算資源を投入して数日間で解答に至るスプリントを強行した疑いがあるという。

Anthropic所属の数学者らは、先行研究の流用や成果の横取りに反発

 バックマスター教授が疑念を抱いた主な背景には、両者が採用した数学的アプローチの類似性がある。滑らかな外力を介して方程式の破綻を示すというルートは極めて特殊であり、問題文をAIモデルに入力してわずか数日で行き着くような方向性ではないと同教授は主張している。さらに、同教授らが研究の草稿や数式展開をOpenAIの提供するCodexに入力していたことから、彼らの思考プロセスやデータがOpenAIのAIモデルに吸い上げられたのではないかという疑惑も提起された。

 この点に関してOpenAI側は、特定のユーザーデータに直接アクセスした事実はないと回答しているものの、製品利用から得られた非識別化データがモデルの改善に寄与した可能性については完全に排除できないとの留保を示している。具体的な学習データへの影響については公式には発表されていない。

 対立は研究のクレジットの扱いに関する交渉にまで及んでいる。バックマスター教授の告発によれば、2026年9月6日にOpenAIのセバスチャン・ブベック氏らと行われた電話協議において、アルポーゲ氏が競合他社であるAnthropicの社員であることを理由に、同氏を研究の著者から外すよう2度にわたって要求されたという。さらに、教授がこの経緯を公表すると伝えた際には、自身のキャリアを台無しにするのかといった威圧的な発言を受けたと主張している。

 これに対し、OpenAIのブベック氏はX上の投稿で、著者から外すよう求めた事実はなく、電話協議の中でバックマスター氏らが解いたのがオイラー方程式であることを初めて知り、バックマスター氏がOpenAIの証明の書き直しを筆頭著者として担当する案を検討する流れになった際に、アルポーゲ氏がAnthropicの社員でなければ事態はより単純だったと述べたに過ぎないと反論している。

 キャリアに関する発言については、なぜそこまでキャリアを懸けるのか分からないという趣旨であり、不適切な言葉選びであったとして謝罪し撤回したと明かしている。人間の関与についても、チーム内に流体力学の研究レベルの専門知識を持つ者はおらず、数学的な中身には寄与していないとブベック氏は強調し、両者の証明は大きく異なると指摘している。一方で、OpenAIが発表した証明の数学的な意義と正式な認定についても課題が残されている。

 クレイ数学研究所が公式に設定した問題の条件において、破綻を示す選択肢である主張CとDは滑らかな外力を許容しているため、OpenAIの証明が形式上は要件を満たす可能性はある。今回の証明が物理的および工学的な意味での完全な解決であるかは現時点では確認ができていない。クレイ数学研究所は現在もナビエ・ストークス方程式のステータスを未解決としており、解決を承認していない。

 同研究所の規定によれば、解決が正式に認定されるためには、査読付きの数学ジャーナルに論文が掲載された後、数学コミュニティによる最低2年間の公開精査期間を経る必要があり、認定には数年単位の長い歳月を要する見通しである。OpenAIが導出した約165ページに及ぶとされる証明論文は、定理証明支援言語Leanを用いて完全に機械検証が行われたが、現時点では正式な学術査読は通過しておらず、GitHubなどでソースコードと技術説明が共有されている段階にとどまっている。

 これまでにミレニアム懸賞問題が解決された例はポアンカレ予想の1件のみであり、今回の結果が専門家による独立した検証に耐え得るのであれば、AIが到達した数学的証明として極めて重要な意味を持つことになる。この一連の騒動は、AIがもたらす科学研究の劇的な進展と、それに伴う学術エコシステムの構造的な問題を浮き彫りにした。

 フィールズ賞受賞者であるテレンス・タオ教授らは、豊富な資金と計算資源を有する大企業が多数のAIエージェントを稼働させて個人の研究者の成果を追い抜いてしまう「人間の研究成果の搾取」に深い懸念を表明している。人間には解読が困難な膨大な量の機械的コードによって問題が消化されることで、数学の本質である人間による概念の理解や幾何学的な洞察が失わる危険性があるとして、AI時代の数学研究のあり方に警鐘を鳴らしている。

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