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  • 2010/04/19 掲載

IT投資がもたらした米国経済の「健全な10年」:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(17)

九州大学大学院教授 篠﨑彰彦氏

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前回も述べたように、1990年代序盤まで、米国ではITによる生産性の向上に懐疑的な見方が蔓延していたが、1990年代中盤以降になると、産業界の実感としても、研究者たちの実証分析でも、プラスの効果が確認されるようになった。この背景には、1991年3月から2001年3月まで続いた戦後最長の景気拡大があったが、その原動力こそ、企業のIT投資であった。日本経済が「失われた10年」に陥ったころ、米国経済は「もっとも健全な10年」を経験したのである。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
■研究室のホームページはこちら■

インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

企業レベルでみえはじめたIT導入効果


 前回みたように、IT導入の経済効果について、1990年代のはじめまでは否定的な見解が多かったが、この状況は1993年半ばを境に変化し始めた。当時は、米国史上で過去に例のない長期の景気拡大――それは1991年3月から2001年3月までの10年に及んだ――が3年目に入ったころにあたる。景気回復の序盤には、厳しい雇用情勢が続いたため、“Jobless Recovery(雇用なき回復)”ともいわれたが、情報化投資に牽引された景気拡大の中で、米国企業の体質改善が劇的に進んでいたようだ。

画像
図1 ソロー・パラドックスの変化

 Business Week誌は、1993年6月に“The Technology Payoff(技術に効果あり)”という特集を組んだが、その中ではITの導入が企業や産業の生産性向上に効果を表し始めたとするいくつかの事例がレポートされている。さらに、翌1994年5月には、“The Information Revolution(情報革命)”というタイトルの増刊号で、インターネットの普及などに触れながら、「情報革命は今や臨界点を迎えつつあり」企業、産業、経済の繁栄にとって重要なテーマだと論じられている。長らく低迷していた成長力に再加速の兆しが見え始め、「これまで企業が費やしてきた莫大な情報化投資がついに全面的に開花したことを反映している可能性がある」と肯定的にとらえられるようになったのだ。こうした経済誌の論調は、情報化投資を原動力とする景気拡大の中で、「ソロー・パラドックス」が解消しているのではないか、との実感が産業界に生まれ始めたことを窺わせる。

表1 情報資本ストックと一般資本ストックの限界生産性 (%)
Brynjolfsson & Hitt(1993)篠崎(1996)
一般資本ストック6.3 (n.a.)20.2 (12.0)
情報資本ストック81.0 (67.0)63.9 (48.1)
(出典)Brynjolfsson and Hitt(1993)、篠崎(1996)。グロスの生産性。( )内は償却を考慮したネット。
(注)Brynjolfsson and Hittは1987年から1991年までの367社の企業データを用いた計測。
   篠崎はマクロ統計を用いた1979年から1994年までの計測。


 さらに、研究者たちの間からも肯定的な分析結果が報告されはじめた。その嚆矢(こうし)となったのが、Brynjolfsson and Hitt(1993)の論文だ。彼らは、1987年から1991年までの367社のミクロ・データをもとに、企業資産をコンピュータ関連とそれ以外の一般資産に、労働力を情報関連の人員とそれ以外の一般従業員とに分けた生産関数モデルを推定した。その結果、一般資産の投資収益率(ROI: Return on investment)が6.3%なのに対して、コンピュータ関連の投資収益率は81.0%とかなり高いとの計測値が得られ、彼らは「生産性のパラドックスは解消された」と結論付けた。

マクロ経済への効果はどうか?


 もちろん、情報化投資の経済効果について否定的な研究結果も依然としてみられた。Oliner and Sichel(1994)は、前々回に紹介したソローのコメントを明示的に引用した上で、デニソン流の成長会計の手法によって、コンピュータ導入の成長に対する寄与を計測した。そして、コンピュータ資本は総資本の中でほんのわずかのシェアに過ぎないことを示し、ソローのコメントを逆手に取って、そもそも「コンピュータを至る所で目にするわけではない」と指摘した。

 耐用年数の短いコンピュータなどの情報資本は、工場などの機械装置に比べて減価償却が速い。そのため、投資は増えても資産の蓄積はそれほど進まない。したがって、たとえコンピュータがかなり高い投資効率を有するとしても、経済全体でみると資産としての構成比が小さく、マクロ経済の成長に対する寄与は小さくなるというわけだ。彼らは、1990年代序盤の生産性向上は景気循環要因によるものであって、コンピュータ導入の効果によるものではないと断じた。

 もっとも、Oliner and Sichel(1994)は、インターネット時代の到来を視野に入れて、新たな分析の方向性も示した。すなわち、それまでの研究では、情報資本は主にコンピュータが念頭にあり、狭い範囲でとらえられていたが、ITの導入効果はコンピュータ単独で生まれるのではなく、通信設備やソフトウェアなど、関連する他の有形無形の資産との結合による効果を視野に入れるべきであるとの指摘だ。

>>次ページ 日本経済低迷の根源はIT投資動向にある?

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