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  • 2013/07/25

4トントラック25台、総勢200名が手がけたデータセンター移設の成功要因・課題

キヤノンマーケティングジャパン(以下、キヤノンMJ)グループは、2012年10月から8か月かけて、グループ従業員2万名が利用するインフラ基盤を幕張事業所から西東京データセンターへ移行した。対象はERPやCRM、SCM、BIなどの基幹系だけでなく、メールやDominoなどの情報系も含めた全基盤におよぶ。データセンターのラック数で70ラック相当、4トントラック25台(うち2台は予備)にのぼるデータセンター移設を成功に導いたキヤノンMJ IT本部 ITインフラ部 主席 結城 拓 氏に話を聞いた。

サーバ仮想化・統合が後の移設コスト削減にもつながった

 さっそくだが、今回のデータセンター移設の背景として、キヤノンMJグループのインフラがどのような変遷を辿ってきたのかを時系列にみていこう。

 まず、同社の旧メインサイトである幕張事業所内にサーバルームを設置したのが1993年、そこから約20年間にわたって幕張事業所内のサーバが同社のITインフラを支えてきた。当時、同社屋内にいた情報システム(IS)部門だったが、2003年の本社移転に伴い、人だけは品川に移っていた。

 幕張事業所からの移設前に着手したのが、サーバの仮想化・統合による物理サーバの削減だ。旧環境では206台にのぼっていた物理サーバを2010年第4四半期から3段階に分けて29台に集約した。これによりファシリティコストを54%削減、サーバ数を86%削減、CO2の排出量を61%削減することに成功。結城氏は「これが後の移設コスト削減にもつながった」と振り返る。

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仮想化・統合の取り組み
(出典:キヤノンMJ)


 その後、幕張事業所の老朽化もあって、本格的な移設を検討していた矢先に起きたのが、2011年3月の東日本大震災だ。そこで優先的にDR(災害復旧)サイトを構築を決め、3月の震災発生から実質3か月後の7月から沖縄データセンターのDRサイトを構築。2012年8月までにフルDRサイトとしての構築を完了した。

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沖縄データセンターに災害対策(DR)サイトを構築
(出典:キヤノンMJ)


 それと並行するように、2012年10月に最新鋭の次世代データセンターである西東京データセンターを開設(関連記事:最新鋭のファシリティーを駆使したデータセンターにみる「現場力」という選び方)。その西東京データセンターへ移設したのが今回のプロジェクトだ。

 もともと同社情報子会社のキヤノンITSがシステムの保守・運用を手がけており、一定以上の理解はあったものの、キヤノンMJとキヤノンITS含めて約200名の手で、2012年10月から2013年5月までのわずか8か月でスピード移設を実現したという。

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メインサイトの移転
(出典:キヤノンMJ)


 実際に25台のトラック(2台は空の予備トラック)で移設したのは、29台のサーバを含む49ラック。別途ネットワーク機器が21ラックあり、これは先行配置していた。

【次ページ】データセンター移設の成功要因・苦労した点・課題

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