アパートの部屋に帰って、友信は由紀子との会話を思い出しながら、教わったことをノートにまとめていた。
最後に、ペンをとり、表紙の真ん中に書く。
「シオリヤ」。
これが、友信の会社の名前になるのだ。
女子中学生を見かけて以来何日か考え続けて、つい昨日決めたばかりの社名。当分は栞を売る予定だし、その後も、出発点が栞だったことは変わらない。あの子のおでこに貼り付いた、あの栞。友信にとってきっと転換点になる、あの出会いのことだ。シオリヤ。
「なかなか、いい名前じゃないか?」
自分で呟いてみる。科学者の夢を持っていた中学生の頃のように、胸が高鳴ってくるようだった。
それから何日かに分けて、由紀子はメールをくれた。
〈会社設立の手続きは、大きく三つ〉
というのが、一通目の書き出し。
〈まずは、定款を作る。そして登記を行う。それから昨日も言った、知的財産権関係の手続きね〉
定款作成から会社の成立まで
まず作らなければいけないのは、「定款」だ。その会社はなんという名前(商号)で、どんなことをする会社で……といった情報を記載する。そして定款作成後、株式を発行し、代わりにお金の払い込み(出資)を行うのだ。
会社は人造人間であり、人造人間を作ることの一つの意味は、「個人の財布」と別に「人造人間の財布」を作ること(詳しくは
第1回を参照)。お金の払い込みとは、つまり、自分の財布に入っていたお金を「人造人間の財布」に移すことである。払い込みが終わったら、次に登記の申請を行い、登記が行われると会社が成立する。会社という「人造人間」がこの世に登場するのである。
会社の「所有者」と「経営者」
金曜日の朝。友信の乗る路線はいつも満員に近いが、この日は運良く座ることができた。電車に揺られながら、友信は由紀子からのメールを復習しようと携帯を取り出した。
〈一連の手続きを行う上での重要なポイントは、結局のところ、二つ〉
と由紀子は二通目のメールに書いていた。
まずは、「所有者と経営者を誰にするか」である。(1)会社設立後に株主になる人(所有者)と(2)取締役になる人(経営者)だ。定款には(1)株主になる人を記載する必要があり、また後述するように、(2)取締役も記載しておく方が望ましい。
たしかに、と友信は思う。たしかに、「所有と経営の分離」という考え方は、どこか不自然だ(詳しくは
第2回を参照)。
もし完全に自分一人のお金と力で事業を行うのであれば、所有者も経営者も友信一人だ。この場合には、「分離」自体が発生しない。しかし友信の周りには、栞を発明した女子中学生や、法律面のアドバイスに乗ってくれる由起子、それにひょっとしたら株を買ってくれるかもしれない井上などがいる。
由起子は、いくつかのパターンについて説明してくれていた。
【次ページ】 (1)女子中学生にも株をあげるパターン