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  • 2015/10/31

現代社会に蘇ったら「進撃の巨人」を絶賛するだろう、歴史上のあの人物

「進撃の巨人」×「孫子」から学ぶ組織論(後編)

「背水の陣」とは、自らの意思で退路を断って、不退転の決意で戦いに臨むことである、という解釈は、現代流の解釈であるが、これのもととなった史実は極めて残酷な囮作戦であった。敵方である趙軍の総勢二十万人に対して、相手のたったの十分の一の軍勢で相手を打破せよという超難題に直面したある智将がとった決死の作戦は、現代における超ヒット作品「進撃の巨人」のテーマに深く通じていた。

プロジェクト進行支援家 後藤洋平

プロジェクト進行支援家 後藤洋平

予定通りに進まないプロジェクトを“前に”進めるための理論「プロジェクト工学」提唱者。HRビジネス向けSaaSのカスタマーサクセスに取り組むかたわら、オピニオン発信、ワークショップ、セミナー等の活動を精力的に行っている。大小あわせて100を超えるプロジェクトの経験を踏まえつつ、設計学、軍事学、認知科学、マネジメント理論などさまざまな学問領域を参照し、研鑽を積んでいる。自らに課しているミッションは「世界で一番わかりやすくて、実際に使えるプロジェクト推進フレームワーク」を構築すること。 1982年大阪府生まれ。2006年東京大学工学部システム創成学科卒。最新著書「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」が好評発売中。 プロフィール:https://peraichi.com/landing_pages/view/yoheigoto

前編はこちら
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長い時のなかで忘れられた「背水の陣」の真実とは

 巨大帝国、秦が崩壊し、その後の覇権を項羽と劉邦が争っていた頃のこと。井ケイの戦い(せいけいのたたかい)呼ばれる合戦があった。このエピソードの主人公は、後に漢を建国する劉邦を支えた智将、韓信である。

 韓信率いる漢軍の兵力は二万、この軍勢で趙を下すことを命じられたのだが、敵方である趙軍は総勢二十万人。相手のたったの十分の一の軍勢で相手を打破せよという超難題に直面したのであった。二万の軍で、二十万の軍を攻める、しかもそのミッションは防戦ではなく、攻撃だった。

 相手の城を攻めるという行為は、それ自体が愚挙というものである。

 中国における兵法の最大の古典、孫子兵法に「城攻めはコストがかかり、得られるものが少ない。城を攻めるのは下策である。」との教えがある。考えてみれば当然の話で、ガッチリ相手が守りを固めているところに攻撃をしかけるというのは、割に合う話ではないのだ。

 他にも、「絶対に勝つためには、相手の十倍の兵力でもって取り囲んで戦えばよい」という一節もある。これも言われてみれば当たり前の話であるが、確かに、相手より勢力の上で劣るのに戦うから敗北するのである。どうしても勝つ必要があるならば、絶対に勝てる勢力上の差をつけたうえで戦うのが当然のこと。

 ともあれ、韓信が直面したのは、「城を攻める」「敵に勢力の上で劣る」という、孫子流「勝つための絶対条件」をダブルで欠いた状況だった。

 智将として知られる韓信がどうしてこのように兵法の常道に背く、普通に考えると絶対勝てない状況に置かれたのかというと、自国のトップである劉邦その人が、自分の兵力が足りないので送ってくるようにとの命を下したのだったというから、これまた理不尽極まりない話である。

 そこで採用したのが「背水の陣」であった。私たちの日常においては、「川を背にした陣形を取ることで、あえて退路を断ち、それによって自らを奮い立たせる」という意味合いで使われている、どちらかといえばポジティブなジャンルに属する言葉であるが、史実はそれよりも遥かに残酷なものであった。

「絶対に勝てない条件」をひっくり返して、「勝てる状況」を導き出した韓信

 誰もが知っている通り、韓信が採用したのは、「川を背にして布陣する」というアイデアであった。

 しかしこの布陣、例えば「孫子」行軍篇には「敵陣と川の間に陣を築くのは無謀である」との教えがあり、兵法家としては絶対に駄目なこととして常識とされていたことであった。

 敵の城を攻める、兵力で劣っているにもかかわらず相手と戦う、というすでに二つもの「勝てない条件」を満たしているにも関わらず、これで三つ目の「勝てない条件」を、韓信は自ら重ねたのだった。考えただけでも恐ろしい話である。

 しかし実は、どうしてそのような暴挙に出たのかというと、その目的は唯一つ、「勝てない条件」から「勝てる状況」を導き出すための作戦だった。

 作戦の概要は以下の通りである。

1. 自軍二万の兵のうち、精鋭の二千人をわけておく。一方で本隊の方は、川のほとりに陣取って、無策の振りをして戦いを仕掛ける。
2. 敵軍は韓信を侮って勢いづき、全軍が城から出てきて本隊を叩こうとする。
3. 水を背にした自軍の本隊は必死の抵抗をするため、圧倒的な兵力差の割には善戦し、敵をひきつけておくことに成功する。
4. もみあいを尻目に、自軍の精鋭二千人が城を急襲し、大量の旗を立てる。
5. 敵は城に漢軍の旗が大量に立っているのに驚き、混乱、壊滅する。

 知恵者として有名な韓信が、「川を背にする」ということで相手方に対して得られる効果は「奴め、噂ほどの兵法家ではないな」という印象を敵に与え、「油断をさせる」ということである。そして同時に、味方に対して得られる効果として「逃げられない状況に追い込む」という意味がある。

 一説によると、韓信に与えられた軍は正規の訓練を受けた本職の兵ではなく、訓練の足りない農民兵だったという。士気は低く、場合によっては相手の規模を目にしただけで自壊しかねない状況。その軍勢をどう活かすのかというと、せめて相手を釘付けにするぐらいには役立ってもらおう、という話だったのだ。

 「川を背にした陣形を取ることで、あえて退路を断ち、それによって自らを奮い立たせる」という、今日的な用法での「背水の陣」の意味は、この作戦全体からするとごく一部のことなのであった。むしろ、意図して逃げ場の無い戦場に兵を配置して、相手の注意を向けさせる囮とするという作戦は、現代社会からすると、あり得べからざるブラック企業的発想だったとも言える。

【次ページ】捨てられないものを捨てる優先順位付けの残酷さ

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