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  • 2016/11/09 掲載

人工知能(AI)型経済では「労働に対する価値観」が激変するワケ

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先日、人工知能(AI)に関する興味深い出来事があった。将棋の竜王戦で挑戦者に決まっていた三浦弘行九段が将棋ソフトを利用した疑いで出場停止処分になったという一件だ。重要なのは、この処分が発表された後の世間の反応である。今回の出来事に対するネット上でのコメントはいたってクールであった。将棋ソフトが初めてプロ棋士を破った3年前に巻き起こった感情的な反応と比較すると、天と地ほどの差である。AIに対する社会の認識は想像以上のスピードで変化する可能性があることをこの事例は示してくれている。

執筆:経済評論家 加谷珪一

執筆:経済評論家 加谷珪一

加谷珪一(かや・けいいち) 経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。

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今後、労働に対する価値観は激変する可能性がある
(イラスト=いらすとや)

将棋ソフトがプロを打ち負かした時のヒステリックな反応

 将棋ソフトがプロ騎士を初めて打ち負かしたのは今から3年前の2013年であった。第2回将棋電王戦において、佐藤慎一四段(当時)が将棋ソフトponanzaと対局し、将棋連盟公認の対局としては初めてプロ騎士がコンピュータに敗れた。当時の世間の反応はかなりヒステリックであり、佐藤氏のブログには「二度とプロを名乗るな」「プロなんて雑魚」など見るに耐えない罵詈雑言が並んだ。

 さらにその16年前、米国ではチェスの世界チャンピオンがIBMのコンピュータ「ディープ・ブルー」に敗れるという出来事があった。将棋の世界でもコンピュータがプロ騎士を破るのは時間の問題であるという見解に対して、「絶対に不可能」「チェスと異なり将棋のパターンは無数にありコンピュータでは無理。そんなことも分からないのか」といった反応が大多数であった。

 プロ騎士がコンピュータに敗れてから3年が経過した今、プロ騎士による将棋ソフト疑惑が持ち上がっても、その行為を批判する人はいるが、将棋ソフトの能力が高いことについてヒステリックに否定する人はほとんどいなくなった。

 一連の変化は、今後、企業社会にAIが普及してきた時に、企業がどう対応すべきなのかについて多くの示唆を与えてくれる。近い将来、AIは一部の仕事や労働者を代替する可能性が高いが、さらにイノベーションが進み、より多くの仕事を代替できるようになってくると、経済の仕組みそのものが変質する可能性も高まってくる。

 経済の仕組みが変化すると、その経済システムの中で生活している人の労働に対する意識にも大きな変化が生じることになるだろう。

 当初はAIによる仕事の代替に対して感情的な反発が沸き起こるかもしれないが、将棋ソフトのケースと同様、社会の順応は意外と早い可能性もある。AI時代において、企業は社員の位置付けをどうしていくのか、モチベーションをどう保つのかといったテーマについて今から真剣に考えておく必要がありそうだ。

従来型経済では設備投資の効果に限度があった

 では、本格的にAIが企業社会に普及すると、経済はどのように変化するのだろうか。経済学の世界では、企業や国全体の生産量は、投下された資本と労働によって決まるとされている。つまり多くの資本を投下すればするほど、多くの労働を投入すればするほど経済は伸びていく(もちろん需要があればの話だが、新古典派経済学では最終的に経済は供給サイドが決めるという考え方に立脚している)。

 ただ、資本や労働を無制限に投入すれば、いくらでも生産が伸びるというわけではない。そこには一定の限界が存在しており、これが既存の経済システムにおける天井となっている。

 一般的に経済の生産力は生産関数と呼ばれる数式でモデル化されている。生産関数にはいろいろなパターンがあるが、もっとも多く使われているのはコブ・ダグラス型関数と呼ばれるものである(図1)。この式で、Kは資本(設備投資)、Lは労働量(従業員の労働)、αは資本分配率を、(1-α)は労働分配率を示している。Aは全要素生産性と呼ばれイノベーションの度合いを示している。Aとαはとりあえず一定と考えればよい。

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図1 従来型経済で生産量を決める生産関数

 企業は生産を拡大しようとする場合、人を増やすか設備を増やすかの選択を迫られる。人を増やせない場合、設備を増やすことになるが、最初は設備を増やした分だけ生産量が増えるが、やがてその効果が薄れてきてしまう。これは企業のIT化を考えれば分かりやすいだろう。

 最初は2人で1台のPCをシェアしていたところに、追加で設備投資を行い1人1台にすれば生産は拡大するが、1人2台になれば生産が倍になるのかというそうはいかない。先ほどの生産関数では、労働量Lを一定にして、資本Kを増やすということに相当するが、その時の生産量は図2のような形状になる。当初は効果が大きいが、あまり設備投資をやり過ぎると効果が薄れてくるのだ。

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図2 従来型経済で投資を増やしたときの生産量の動き

 結局のところ、企業は設備投資を強化したり、コストをかけて人を増やすといった微妙な舵取りが必要となる。安定した成長を実現するためには、人と資本のバランスをうまく調整する必要があるのだ。

AI型経済ではいくらでも成長が可能

 ところがAIが普及するとこうした状況が変化する。これまでは、人の仕事を本格的に機械で代替することは困難とされていたが、AIによってその難易度が大幅に下がる可能性が高まっている。業務のかなりの部分をAIに置き換えられるとなると、企業は積極的にAIへの設備投資を行い、労働者への依存度を減らしていくだろう。そうなると先ほどの式における労働分配率が著しく低下していくことになる(逆に資本分配率が増加)。

 労働分配率が極端に低い状態では、生産力のグラフはかなり直線に近くなってくる(図3のオレンジ)。つまり、ロボットやAIに追加投資をした分がそのまま生産拡大につながり、企業は半ば無制限に生産量を拡大できるのだ。識者の中には、AIが完全に普及すると労働分配率はゼロとなり、企業の生産はすべてAIが担うようになるとまで指摘する人もいる。

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図3 AI型経済で、投資を増やした時の生産量の動き

 その時には、経済の成長は無限大となり、理論的にはいくらでも経済を拡大できるという解釈が成立する。もちろん現実には、すべての労働をAIで代替することは不可能なので、そこまで極端な状況にはならないだろうが、理屈の上ではそうした状況が起こりうるのだ。

 このような経済の働きを阻害するものがあるとすれば、それは技術ではなく人々のマインドかもしれない。新しい技術を拒絶すれば、ここで想定したような経済構造へのシフトは起こらないだろう。だが、冒頭で述べたように、AIがもたらす価値観の転換は、短期間に人々の心理を変える可能性がある。ひとたびAIが普及すれば、顧客の考え方や従業員の仕事に対する価値観も大きく変化するかもしれない。

【次ページ】労働に対する価値観は激変する

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