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- 2019/01/29 掲載
2019年にテクノロジーが「国家主義の武器」になる、これだけの理由
テック戦争、米中の“本音”
中国に貿易戦争を仕掛けたトランプ政権が発足して約2年が経ち、当初は隠されていた米国側と中国側の本音が見えてきた。実は、トランプ大統領の主張する「貿易赤字解消」や習近平国家主席が推進する「より開放的な自由貿易」といった言説は、覇権主張の隠れみのだ。両国とも、次世代の民生テクノロジーの競争に勝利して、国内経済の成長を確保したい。それが、世界的支配力の源泉になるからである。だが、生々しい軍事的野望を表面に出したくないために、回りくどい表現や方法を使う。
米国が「中国の不公正貿易」や「通信の安全保障」を言い立てるのは、米国のテクノロジー企業を保護するためである狙いが大きい。米国の出遅れにより世界で支配的になりつつあった中国の5G次世代通信規格や人工知能(AI)など最先端技術の市場を、貿易不均衡や安全保障を口実に奪い返そうとしている。その意味で、新自由主義の総本山である米国は、統制経済や計画経済の政策要素を取り入れつつある。
一方の中国にとり、「自由貿易」や「一帯一路」「デジタルシルクロード」「チャイナ・ソリューション」などのオープンで平和的なスローガンは、中国製プラットフォームや規格の普及による世界市場支配、ひいては経済支配による軍事覇権拡張のための“トロイの木馬”だ。言い換えると、中国の拡張主義は欧米式の開かれた世界市場なしには実現できない。
こうして、自由で開かれた経済が国是の米国が統制に傾き、閉鎖的で競争が制限されるはずの中国が自由を標榜するという「ねじれ」が生じることになった。だが、軍事的優位が最終目標であることは、米国も中国も同じだ。
いずれにせよ、貿易障壁という新たな鉄のカーテンは東側ではなく、西側がひいたのであり、そのカーテンは、テクノロジーにまつわる製品・サービス・人材の自由な往来や取引を阻み始めている。
普遍的でグローバル化を促進する要因であった開放的なテクノロジーが、国家主義や民族主義に奉仕する閉鎖的でローカルな道具へと変質してゆく――米中テック戦争が、そんな世界を形作る具体的な事例が増えている。
米国が築くテクノロジーの壁
トランプ大統領は米国とメキシコの国境に、「万里の長城」並みの物理的な壁を建設しようと試み、米国政治が紛糾している。だが、米墨国境の壁より地政学的に重要な意味を持つのが、中国に対する「テクノロジーの壁」だ。その壁に象徴的に阻まれるのが、中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)と、同じく通信機器大手の中興通訊(ZTE)である。どちらも国有企業系で、中国共産党や人民解放軍との強い結び付きが指摘される企業だ。
まず中興通訊については、経済制裁対象となっているイランと北朝鮮へ通信機器を違法に輸出したとして、2018年4月、米商務省が「今後7年間、米企業が同社へ部品供給を行うことを禁止する」と発表した。
制裁破りを口実に、中国のテクノロジーに対する障壁が立ちはだかったのだ。この措置は7月に10億ドルの罰金支払いと監視継続を条件に解除されたが、一時は基幹部品の調達を絶たれた中興通訊の事業継続が危ぶまれた。その気になれば米国が中国テックの息の根を止められることを世界に示したと言える。
さらに12月には、華為技術(ファーウェイ)の最高財務責任者(CFO)である孟晩舟氏が、イランとの違法取引をめぐる詐欺の疑いで、米当局の要請に基づいてカナダで逮捕された。中国共産党機関紙である『人民日報』紙系の『環球時報』電子版は12月6日付の社説で、「5G分野で競争力が突出している華為を、米国が押さえ込もうとしている」と主張した。
5G は情報通信だけでなく、自動運転やロボットなどの無人システム、医療からセキュリティに至るまで、多くの分野における中国の技術的リードの基礎に位置付けられるからだ。
「スパイ企業」、ファーウェイ
これだけにとどまらず、2018年後半には、米国の中国テック封じ込めが熾烈さを増した。米ブルームバーグ・ビジネスウィークが10月に報じた「米アップルや米スーパーマイクロ製品への、人民解放軍によるスパイチップ埋め込み」は、物証が示されなかったにもかかわらず、米世論の中国テクノロジーへの警戒心を大いに高めた。また、チップ以外にも多くの中国製品のファームウェアや搭載アプリにバックドアが仕掛けられているのではないかとの疑惑が取り沙汰されている。こうした中、「米国は華為が過去のスパイ行為を繰り返すことを恐れている」(米ニュースサイト『クォーツ』)、「米電子制御システム・自動化機器大手ハネウェルの産業機械が、華為の通信ソリューションを使うことで生じる製造リスクが認識されている」(米ブルームバーグ通信)、「華為の通信機器にこれだけの安全保障リスク」(米CNBC)などの見出しが躍り、華為技術には、すっかり「中国のスパイ企業」というイメージがついた。
情報テクノロジーのコントロールは覇権そのものだ。『進歩の触手 帝国主義時代の技術移転』などの研究で知られるプリンストン大学のダニエル・R・ヘッドリク教授が指摘するように、19世紀の大英帝国の拡張には電報ケーブルのネットワークにおける機密保持が不可欠であった。国防上重要な技術や情報がライバル国に渡る怖れは、当時から変わっていない。
事実、2018年8月に成立した国防権限法により、米連邦政府機関は華為技術や中興通訊など5指定企業の通信監視関連の機器・システム・サービスの購入・取得・利用、およびこれら指定企業の機器・システム・サービスを利用している企業や拠点との契約・取引を禁止される。また、中国政府(中国共産党)に所有・支配・関係すると「合理的に認められる」企業の機器・システム・サービスも禁止されている。
この条項の適用範囲は広範かつあいまいで、華為技術や中興通訊と直接取引する企業だけでなく、協力会社や下請けまで対象になり得る。ITジャーナリストの湯之上隆氏は、「世界中を見渡した時、米政府機関に何のつながりもない企業や組織は皆無」だと指摘し、国防権限法が華為技術や中興通訊など「中国企業を全世界から排除することを目的としていると考えざるを得ない」と結論付けている。
この国防権限法制定の大きな要因は、中国が2017年6月に公布した国家情報法に、「いかなる組織及び個人も、国の情報活動に協力する義務を有する」と規定する条項が存在し、中国人や中国企業が国内外において中国当局からの情報収集の命令に背くことはできないことだとされる。
2019年1月4日には、米上院情報特別委員会のマーク・ワーナー副委員長(民主党)とマルコ・ルビオ委員(共和党)が共同で、国家ぐるみの技術盗用の阻止や米国の重要なサプライチェーンの防衛を目的とした組織をホワイトハウスに設置する超党派の法案を提出した。
NHKは、「米司法省は、中国が国家ぐるみで欧米の先端技術を盗み出すため、情報機関の中国国家安全省に中心的な役割を担わせていると見て、2018年4月にベルギーで逮捕した中国国家安全省の当局者の捜査を進め、産業スパイ網の解明を急ぐ」と報じている。
さらに、米半導体大手のマイクロンが、「中国の国有企業の福建晋華に知的財産を盗まれた」と非難したことを受け、米商務省は10月に中国向け技術の輸出を規制すると発表した。福建晋華は米軍事システムで使用される機微な技術をコピーして製造を行っているとされる。
英国、フランス、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、日本などでは政府機関や民間通信業者による華為の通信機器の調達が次々と取り止めになっている。
英ロイター通信は1月18日、「中国ファーウェイ、打ち砕かれる『5G世界制覇』の夢」と題した分析記事を配信するなど、排除は既成事実となっている。
締め出しを喰らった華為や中興通訊など中国勢は、欧米や日本市場などで目論んでいたグローバルな市場や規格の制覇ではなく、本国や一部の「一帯一路」経済圏構想の参加国の市場に押し込められる兆しが見えてきた。テクノロジーの世界に、欧米圏とは別のエコシステムを形成する一帯一路圏という「ブロック化」が起こりつつある。
こうして、「安価で高品質であれば、自国の製品やサービスであるか否かにかかわらず採用される」という自由貿易の根幹が揺らいでいる。しかも、グローバル化への逆行が真っ先に始まっているのは、クラウドを用いての国境を越えた分業など、グローバル化を推進したテクノロジー分野である、という皮肉なおまけ付きだ。
【次ページ】テクノロジーがなぜ国家主義を加速するのか
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