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  • 2022/08/03 掲載

インフレの元凶は「物流費」なのか? 値上げできた運送会社が“たった5%”の深刻事情

連載:「日本の物流現場から」

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世界的なインフレが起こり、日本でもあらゆる商品の値上げが続いている。報道によれば、主要な飲料・食品メーカーにおける6~7月の値上げ予定商品は3000品目を超え、すでに値上げされた商品を加えると8300品目に及ぶという。こうした値上げの理由に必ずと言っていいくらい理由として挙げるのが、原材料だけでなく、物流費の高騰である。10月1日から価格改定するキーコーヒーも、コーヒーおよび関連製品の一部を5~20%値上げするが、その理由として「物流費の高騰」を挙げていた。だが物流の中枢を担うトラック運送会社は、運賃の値上げを実現できてないという深刻な実情がある。なぜそうしたギャップが起こるのか。

執筆:物流・ITライター 坂田 良平

執筆:物流・ITライター 坂田 良平

Pavism 代表。元トラックドライバーでありながら、IBMグループでWebビジネスを手がけてきたという異色の経歴を持つ。現在は、物流業界を中心に、Webサイト制作、ライティング、コンサルティングなどを手がける。メルマガ『秋元通信』では、物流、ITから、人材教育、街歩きまで幅広い記事を執筆し、月二回数千名の読者に配信している。

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過去半年以内における運送会社の運賃収受の動向(あとで詳しく解説します)

「物流費」高騰の実態は? 値上げした運送会社はたったの5%

 世間の人々の中には、「これだけ物流費高騰って言っているんだから、運送会社は儲かっているんでしょ」と思われている人もいるだろう。他誌の記事ではあるが、上場物流企業の決算に関する記事を見て、そのように言ってきた人も実際にいた。

 物流26社の決算が好調!61%も増収した「大穴」企業の正体と意外な理由――こう銘打った記事では、2022年3月期の業績において、上場物流企業26社中25社が増収と伝える反面、来期の業績見通しについては、7社が減収見込み、8社が営業利益での減益を見込んでいると報じている。

 では、日本国内を流通する貨物の91.8%(重量ベース)を担うトラック輸送はどうだろうか。物流費高騰が叫ばれる今、トラック輸送の運賃は軒並み値上げされているはずである。

 しかし東京都トラック協会が2022年1月31日に行った「運賃動向に関するアンケート調査」によれば、過去半年以内に運賃を値上げした運送会社は4.9%にとどまった。89.5%が「特に変化はない」、3.1%が「値下げにあった」と答えている(図1)。

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図1:過去半年で運賃を値上げした運送会社はたったの5.3%だった
(東京都トラック協会「運賃動向に関するアンケート調査」より編集部作成)

 同調査は半年に1回行われているが、値上げした運送会社は前回調査が4.2%、前々回調査は13.3%とずっと低調だ。

 この調査はあくまで東京都の運送会社を対象としたものであるが、全国的にみても、実際に運賃を値上げできた会社は一部にとどまると考えられる。より現状を把握するため、本稿執筆にあたり、複数の運送会社に話を聞いた。

 その結果、「値上げ要請は行ったが、まるで相手にしてもらえない」といった嘆きも聞かれた一方で、運賃値上げを荷主に承諾してもらった運送会社もいた。だが、希望レベルの運賃値上げができた運送会社はゼロだった。

「値上げに承諾はしてもらったが、希望運賃からは大幅に値切られた」「次の四半期(7月)から値上げの口約束はもらったが、実際には値切られると思う」

 前出の東京都トラック協会のアンケート調査においても、88.3%の運送会社が「現行の収受運賃は、希望する運賃料金よりも低い」と答えている。

「燃料費」高騰…でも“7割強”がサーチャージ導入の経験なし

 現在の物価上昇は、ウクライナ情勢なども関係した原油高による部分が大きい。それゆえに、運賃とは別に燃料代の市場価格上昇(もしくは下落)分を変動価格とする燃料サーチャージにも注目が集まっている。

 トラック業界の燃料サーチャージは2008年に国土交通省により制度化されているが、全日本トラック協会は昨今の原油高などを受けて燃料サーチャージの収受に向けたパンフレットを作製、荷主企業に送付するなど取り組みを進めている(図2)。

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図2:全日本トラック協会が掲げる燃料サーチャージの計算例
(出典:全日本トラック協会「燃料サーチャージ制の導入に関するパンフレット」)

 そのパンフレットでは燃料サーチャージの計算例を記載。軽油の基準価格を100円/リットルとし、軽油価格が100円/リットルを超えた場合のみ、燃料サーチャージが発動するという、運送会社側に都合の良いものとなっている。

 実際、ある運送会社役員は、運賃値上げ要請を行ったとき、荷主側から「燃料サーチャージだったら受け入れやすいんだけど」と言われたという。だが、燃料サーチャージを実際に導入できている運送会社は、まだ少ない。

 前出の(東京都トラック協会の)アンケート調査によれば、燃料サーチャージを導入できている運送会社は13.6%にとどまる。「導入していたが今はしていない」の14.2%を除き、7割強の運送会社が燃料サーチャージを導入したことがないと答えている。

 ある運送会社の営業所長は、数年前、燃料サーチャージ導入を荷主に打診したことがあったが、「物流費が変動費になるのは困る」と断られたそうだ。別の運送会社役員は、一度は燃料サーチャージ導入を検討したものの、現状運賃のうち何割を燃料サーチャージにすべきか計算できず、断念したという。

 同様の理由で、燃料サーチャージ導入を諦めている、もしくは尻込みしている運送会社は少なくない。あくまで筆者の肌感覚ではあるが、しっかりと原価計算を行い、運賃を算出している運送会社は限られている。大半の運送会社は、「○市から△市、4トントラックチャーターであれば、3万5,000円かな」といった相場観によって運賃を設定している。

 相場観という、あくまで担当者の主観からスタートした運賃に対し、「さて、燃料サーチャージはいくらですか」と言われても困ってしまうのだ。

 このように、上場物流企業が軒並み好決算である一方、中小トラック運送会社は運賃も上げられず、燃料サーチャージも収受できていないのが真実だ。こうした状況に、「大手が利益を独り占めしている」とか「運送業界の多重下請け構造が問題だ」という人もいる。この考え方は全否定できないものの、こと運賃の値上げに関しては、もっと別の観点で論じる必要があると考えている。

【次ページ】値上げできない中小運送会社と「儲ける大手企業」は何が違う?

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次のページ以降では、運送会社の中で中小企業が占める割合を示しながら、なぜ大手企業のように儲けが出ないのかについて解説します

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