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  • 2023/12/20 掲載

人類の夢「不老長寿」大解明、東大・小林武彦氏が日本発展は「シニア」が鍵と語るワケ

連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション

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先端基礎科学者が、ビジネスにも気付きを与える研究の本質を語る本シリーズ。今回は、東京大学 定量生命科学研究所 ゲノム再生研究分野 教授 理学博士 小林武彦氏が登場する。人類の夢である不老長寿は実現するのだろうか? アンチエイジングが注目される中で、「まだ不老長寿とまではいかなくても、病気にならずに健康寿命をある程度延ばすことは、この数十年間に実現できそうです」と彼は語る。寿命に関係する遺伝子の詳しいメカニズムを解明した研究者に、不老長寿の実現可能性や基礎科学の思考方法を聞いた。

協力:公益財団法人 大隅基礎科学創成財団

協力:公益財団法人 大隅基礎科学創成財団

公益財団法人 大隅基礎科学創成財団 は、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典(理事長)が2017年、科学賞の賞金1億円を拠出し、日本の基礎科学振興を目的に設立した。
<財団の活動>
・現在の研究費のシステムでは支援がなされにくい独創的な研究や、すぐに役に立つことを謳えない地道な研究を進める基礎科学者の助成
・企業経営者・研究者、大学等研究者との勉強会・交流会の開催
・市民及び学生を対象とした基礎科学の普及啓発活動

本シリーズの特設ページ:https://www.ofsf.or.jp/SBC/2310.html

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東京大学 定量生命科学研究所 ゲノム再生研究分野 教授 理学博士
小林武彦(こばやし・たけひこ)氏
1963年生まれ。神奈川県出身。九州大学大学院修了(理学博士)。その後、基礎生物学研究所、米国ロシュ分子生物学研究所、米国国立衛生研究所、国立遺伝学研究所を経て、東京大学定量生命科学研究所教授(生命動態研究センター ゲノム再生研究分野)に就任。日本遺伝学会会長、生物科学学会連合の代表を歴任。日本学術会議会員。生命の連続性を支えるゲノムの再生(若返り)機構の解明に取り組んでいる。著書にベストセラー「生物はなぜ死ぬのか」(談社現代新書)、「寿命はなぜ決まっているのか」(岩波ジュニア新書)、「DNAの98%は謎」(講談社ブルーバックス)、近著に「なぜヒトだけが老いるのか」(講談社現代新書)など。

寿命を延ばす遺伝子の仕組みを解明

生成AIで1分にまとめた動画
──(大隅基礎科学創成財団 理事 野間 彰氏)寿命を延ばす遺伝子として話題になった「SIR2(サーチュイン)」遺伝子のメカニズムを解明されました。これはどのように見つけたのでしょうか。

小林武彦氏(以下、小林氏):もともと私は、酵母菌を使った老化の研究をやっていました。マウスの寿命は2~3年なのですが、酵母菌は3日間できっちりと死ぬので、研究しやすく昔から寿命研究の対象になっていたのです。

 当時、SIR2遺伝子は酵母の寿命を延ばすということで、その作用を解き明かそうと世界中の研究者が挑戦していましたが、詳しい作用メカニズムが明らかになっていませんでした。酵母菌は20回ほど分裂して2~3日で死ぬのですが、このSIR2という遺伝子を壊すと、生育は変わらないのに寿命だけが短くなるという興味深い現象が起きるのです。逆に、この遺伝子をたくさん出させると寿命が延びるので、「これは凄いぞ!」と驚いて研究を進めました(図1)。

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図1:SIR2を壊すと野生株と比較して寿命が短くなり、逆にSIR2を増やすと寿命が延びる
(小林氏提供)

 研究の結果、SIR2には、rDNA(リボソームRNA遺伝子群)という、たくさんのコピーが含まれ、そのコピー数が変動しやすい不安定な巨大な領域を安定化させる作用があることを発見しました(図2・図3)。この壊れやすい領域が、ゲノム(遺伝情報)全体の安定性に影響を与え、寿命を延ばすことにつながっていたのです。そしてこれが、長生き効果の主要な反応経路だということを実証しました。

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図2
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図3
図2・図3:SIR2があることによって、壊れやすいrDNAが壊れずに安定化する
(小林氏提供、イメージ図)

──発見したときは、どうでしたか。

小林氏:それまで、ゲノムの一部が壊れた場合に修復するメカニズムは見つかっていたのですが、rDNAという巨大な壊れやすい領域をピタリと安定化させられるのを見たときには、本当に感動しました(前出の図3)。

 さらに興味深い点は、このSIR2はヒトにもマウスにも存在することです。そこで外国のグループがマウスを使って実験しました。その結果、SIR2に相当する遺伝子を破壊するとマウスの寿命が縮み、逆にその遺伝子を出すと寿命が約20%も伸びることがわかりました。ヒトで言えば平均寿命が100歳近くになるわけです。

 もちろんヒトとマウスの老化は異なりますが、SIR2がゲノムを安定化させて寿命を延ばす仕組みは恐らく共通しており、ヒトも寿命が延ばせる可能性は十分あります。すでにSIR2タンパク質の働きを強めるアンチエイジングのサプリメントの研究が進められ、実際に販売されていますね。

ヒトはなぜ老後が長い?「シニアの使命」とは

──最近の業績としては、SPT4という遺伝子のメカニズムも発見されました。

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大隅基礎科学創成財団 理事 野間 彰氏

小林氏:SPT4は、SIR2とは真逆の働きをします。SIR2は反復遺伝子を守るものですが、逆にSPT4は壊しているのです。細胞は寿命が決まっていて、ある意味では仕事が終わると死にたがっています。そのために細胞を殺す遺伝子の1つがSPT4です。

 生物は基本的に子孫を残すところまでは進化的に寿命が保証されています。というよりも、子孫が残せるところまで生きるものしか、生き残れないのです。したがって子育てをする生物は、子育て期までは元気で、がんなどの病気にもなりにくく、そこから先は老いて死ぬようにできています。野生の動物は普通、食べたり食べられたりの関係でつながっているので、老いた個体は生き残るのは難しいです。老いることにメリットがないのです。

 ただヒトの場合、老後期間でも教育や社会制度を維持するという役割があるので、長生きになりました。生殖年齢のヒトだけでは、互いに喧嘩になり社会がまとまらないので、シニアがいたほうが有利だったのです。だから老害なんて言ってはいけません(笑)。

 しかしヒト以外の生き物は、老後期間になると、速やかに死ぬようにプログラムされています。サケも川を遡上するときは絶好調ですが、放卵後1週間で急激に老化して死んでしまいます。そのほうが間違えて卵を食べたり、稚魚と競合しないからです。自分が死んで餌になる、あるいは腐って川に栄養を与えて微生物を増やすほうが、子孫にとって良い場合もあるわけで、自然の摂理なのです。 【次ページ】「日本は人も金もない…」、それでも解明できた戦略と決断

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