- 2025/08/05 掲載
高すぎ…「1個870円」ハーゲンダッツが中国で急に売れなくなった、“価格以外”の理由(2/3)
「1個870円」中国だけ“超高級”になってしまった裏事情
ハーゲンダッツが中国に進出したのは1996年。30年近い歴史を持つが、その道のりは決して平たんではなかった。1990年代に中国に進出した外資飲食チェーンは、共通の課題に直面した。為替や物価の格差から、庶民的なファストフードですら、現地では“高嶺の花”の高級ブランドに変貌してしまうのだ。
象徴的なのが、1987年に北京に出店したKFCだ。当時KFCはチキン2個を含むセットを7.3元で販売した。これは当時の為替レートで280円程度であり、非常に安く見えるが、当時の労働者の平均月給は150元程度。いまの物価感覚に換算すれば、チキンセット1つで423元(約8,700円)という“ごちそう”価格になる。実際、40代、50代の人に話を聞くと、子ども時代は誕生日でもなければKFCに連れて行ってもらえなかったという。
同時期に中国進出をしたマクドナルド、ピザハット、吉野家、そしてハーゲンダッツはどこも庶民価格帯に着地させることが大きな課題となり、それぞれ策を打ってきた。
ところが、ハーゲンダッツはいまも中国で“高嶺の花”のままだ。
現在のパーラー店舗で販売されているシングル(85g)は33元(約670円)。これは日本でおなじみのミニカップ(110g)に換算すると870円ほどになる。日本での希望小売価格325円と比べても、中国のハーゲンダッツは高級品だ。
驚くべきは、1996年の進出当初の価格だ。シングルは25元だったが、これを現在の物価感覚に換算すると、22.6倍の565元(約1万1,600円)に相当する。おいそれと入ることはできない超高級店だった。
実際、スタッフは接客教育が行き届いており、注文をするとショーケースからジュエリーを取り出すような優雅な手つきで、ウェッジウッドの食器に盛り付ける。そして、「北緯40度から55度の黄金ベルトで生産された牛乳を使い、ベルギー産のチョコ、マダガスカル産のバニラビーンズを使い…」と説明をしてくれる。当時のキャッチコピーは「彼女を愛しているからハーゲンダッツに行く」。そのブランド体験は、まさに“特別な日の贅沢”そのものだった。
同時期に中国市場に参入した外資飲食チェーンは、価格を改定しながら、本来の庶民的なファストフードのポジションに着地させた中、ハーゲンダッツは着地する場所が見つからずに空中を旋回したまま、燃料が切れようとしている。
当時のハーゲンダッツを運営していた米ピルズベリー社(2011年にゼネラル・ミルズに事業売却)は、進出前に中国市場の綿密な調査を行った。判明したのは「中国では家庭でアイスクリームを食べる習慣がない」「中国で牛乳はほとんど生産されてなく、あっても品質がハーゲンダッツの基準に満たない」ということだった。
そこで、ピルズベリーは中国にはパーラー店舗形式で進出することにした。製品はフランスのアラス工場で生産したものをマイナス26度で冷凍輸送。この輸送コストが非常に高い上、中国が乳製品にかけている輸入関税12%、さらには増値税(日本の消費税に相当)13%がかかる。
このため、高級アイスクリームというブランド戦略を採用したわけだが、あまりにも高すぎた。利用客は、中国在住の欧米人か旅行者ばかりで、地元の中国人が利用することはまれだった。
なぜ、日本では「ちょうどいい贅沢」になれたのか?
現在のゼネラル・ミルズは、ハーゲンダッツを「super-premium ice cream」と位置づけている。高級と標準の中間の価格帯で、最も的確なブランドポジションを取れているのが日本市場だ。他のアイスに比べて高価だが、一般消費者が「手が届かない」というわけではない。「自分へのご褒美」「たまには贅沢してもいいよね」と自分で自分を後押しさせる価格設定で、実際に食べてみれば価格以上の満足感が得られ、リピーターも多い。
日本のハーゲンダッツは、サントリーとタカナシ乳業が加わった3社による合弁会社「ハーゲンダッツジャパン」が運営をしている。このため、独自の戦略が打ちやすく、売上高は2024年で約528億円と堅実な成長を続けている。
一方、米国・カナダではネスレが北米での製造、流通権を99年契約で獲得しており、さらに踏み込んで、庶民価格帯にまで価格を調整している。アイスクリームの消費量が多い北米では、お得なパイント(473ml)が標準で、4ドルから6ドルの間で販売されている。5ドル計算で米国の価格を1とすると、日本は1.9倍、中国は5.1倍になる。お得なパイントと、ミニカップ、シングルを比較しているため、実際はここまで差を感じるわけではないが、それでも中国の価格は高い。 【次ページ】【崩壊の決定打】「爆売れ」逆転劇後に起きた“まさかの事態”
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