- 2025/08/05 掲載
高すぎ…「1個870円」ハーゲンダッツが中国で急に売れなくなった、“価格以外”の理由(3/3)
【崩壊の決定打】「爆売れ」逆転劇後に起きた“まさかの事態”
中国市場で「ちょうどいい贅沢」ポジションを築けなかったハーゲンダッツだが、2008年、逆転劇の始まりとなるモンスター級の大ヒット商品を生み出した。それが、アイスクリーム月餅だ。月餅は、9月の中秋節にお月見をするときに食べるお菓子で、親しい人の間で贈り合う習慣がある。ここに目をつけたハーゲンダッツは、アイスクリームで月餅を作り、ギフトボックスに入れた製品を発売したところ、50万セットが売れる大人気商品となった。
それから毎年、販売数は増え続け、2022年のピーク時には170万セットが売れたと言われる。価格は300元ほどのものもあるが、最も高価なセットは1,000元(約2万円)もする。これが飛ぶように売れたのだ。
元々、親戚や親しい間柄で贈り合うものだった月餅は、徐々に企業が取引先に配るようになっていった。システムとしては日本のお中元やお歳暮の感覚によく似ているが、中国では「豪華さ」や「ブランド力」が重視される。そこに登場したハーゲンダッツのアイス月餅はうってつけだったのだ。
この頃には、中国国内にも生産拠点が設けられ、フランスから輸入されたアイスのパッケージングをする他、アイス月餅やケーキ類の生産を始めた。国内生産によりアイス月餅の粗利率は60%を超え、ハーゲンダッツの主力商品となった。ハーゲンダッツの中国市場の利益はそのほとんどがアイス月餅から生まれていると見られている。
ところが、時代は静かに変わり始めていた。テック企業を中心に、月餅ギフトは取引先ではなく従業員向けの福利厚生へとシフトした。自社の企業文化を表現した月餅セットを作り、それを従業員に配布するのだ。
たとえば、テンセントであれば月餅の他に、月餅の形をしたコマをはじいて遊べるボードゲームのセットをつける。企業文化を再確認し、従業員に配布することで浸透を図る以外にも、従業員を大切にしている企業としての姿勢を示すこともできる。この考え方が、一般の企業にも広がり、次第に企業間の月餅ギフト需要は小さくなっていった。
さらに、家族で楽しむための安価な月餅を選ぶ消費者も増加。すると、「豪華さ」よりも「安くておいしいもの」が好まれるようになった。
SNSの普及で、海外の事情を誰でも知ることができるようになり「中国のハーゲンダッツは米国の5.1倍の価格」という事実も広く知られるようになった。ハーゲンダッツのアイス月餅は高価だが、その価格分の価値があるとは思えないと考える人も増えていった。
モンスター級のヒット商品の陰りが見える中、とどめを刺したのが、中国政府の方針転換だ。習近平政権は、形式主義、官僚主義、享楽主義、奢靡主義を「四風」と呼び、撲滅すべき悪習として掲げている。その影響は月餅にも及んだ。
2022年6月、中国国家発展改革委員会は「高額の月餅を抑制し、業界の健全性を促進するための公告」を公開し、経営者が500元以上の月餅ギフトを贈ったり受け取ったりした場合は、後に関係部門が調査できるように領収書などの記録を2年間保存することを義務づけた。
月餅ごときを国家が監督するというのは大げさに感じる方もいると思うが、相応の理由はある。ハーゲンダッツを含め、多くの月餅ギフトが、商品を買って贈るのではなく、ギフトチケットを買って贈るようになっていた。受け取ったほうは店舗で商品に引き換えられるという仕組みだ。しかし、このギフトチケットを何%引きかで現金化してくれるチケット買い取り業者がいる。つまり、月餅ギフトは、賄賂や袖の下に利用されかねない性質を持っていたのだ。
これらの影響で、2023年のハーゲンダッツの月餅ギフトの販売は、120万セット程度と大きく落ち込み、さらに2024年は15万セットと90%近く減少するという大崩壊を起こした。2025年の月餅セットの予約販売はすでに始まっているが、報道では10万セットに届かないのではないかと見られている。
ハーゲンダッツ挽回のヒントは「KFC」にあるワケ
ドル箱商品を失ったハーゲンダッツは、固定費のかかる店舗を大量閉店しているが、それでも追いつかず、事業売却の話がメディアをにぎわすようになっている。1990年代に中国に進出した企業は、貨幣価値の違いから自動的に高級ブランドになってしまったが、多くのチェーンが、自分が本来いるべきブランドポジションに落ち着くべきだと考え、細かく価格を操作して値下げをしてきた。
うまかったのはKFCで、値下げをするのではなく、低価格の新メニューを出すことで価格調整を行ってきた。特に大きかったのが2003年に5元の朝食メニューを出したことで、これで一気に低価格化が進み、なおかつ、おかゆなどの中華メニューも用意したことにより、新たな客層を一気につかむことができた。
その後もKFCでは年間40から50程度の新メニューを投入しており、それが消費を刺激するだけでなく、シームレスな価格調整も可能にしている。
一方、ハーゲンダッツは価格を下げるどころか、むしろ微妙に上がっている。月餅ギフトがあまりに成功をしたため、ブランドポジションを下げる必要を感じなかったのかもしれない。このまま着地点を見つけることができず撤退をしてしまうのか、それとも日本や米国のように、現地のことをよくわかっている企業に運営を任せて新たな形で復活をするのか──ゼネラル・ミルズは重大な決断をしなければならなくなっている。
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