- 2026/02/27 掲載
中国が今、ASEANに電力を「大安売り」するワケ、裏に透ける「あるメリット」とは(2/3)
連載:小倉健一の最新ビジネストレンド
「180億ドル」が意味する“浸食”
ASEAN諸国は現在、データセンターの建設ラッシュや電気自動車(EV)の普及により、電力需要が年3%のペースで拡大し続けている。一方で、国際社会からは「脱炭素」のプレッシャーを受け、旧来の石炭火力発電に頼り続けることも難しい。喉から手が出るほど「安くてクリーンな電気」が欲しい。そのニーズに、中国の戦略が完璧に合致したのである。市場の論理は残酷だ。理念がいかに正しくとも、目の前の価格が2倍違えば、選択肢は限られる。産業用電力価格を比較すれば、日本が1kWhあたり0.20ドルであるのに対し、中国はわずか0.10ドル。この圧倒的なコスト差は、ASEAN諸国の製造業にとって致命的な魅力となる。
しかし、安さの代償は大きい。中国主導の巨大経済圏構想「一帯一路(Belt and Road Initiative: BRI)」は、いまや「緑のシルクロード」という美名のもとに再生可能エネルギーの輸出ルートへと変貌を遂げた。2025年、中国日報によれば、BRIにおけるグリーンエネルギー投資は過去最高を更新し、風力・太陽光・廃棄物発電などに180億ドル以上が投じられた。
だが、これを「運命共同体」と呼ぶのはあまりに楽観的で、一歩間違えるとインフラを通じた「主権の浸食」になりかねない。
ラオスでは、送電網の運営権の多くを中国企業が握り、タイやベトナムへ電力を送る際の「蛇口」を管理している。フィリピンでも、送電網に中国資本が深く入り込んでいる。国の神経系とも言えるエネルギーインフラを他国に委ねることは、有事の際に「スイッチ1つで国中の明かりを消される」リスクを負うことに等しい。もしこうした事態が現実化したら、それは現代版の「経済植民地主義」とさえ言えるだろう。
ASEANからも出た「反発の声」
こうした中国の一極集中に対し、ASEAN側からも冷静な反発の声が上がり始めている。2025年7月に開催された国際会議「Energy Asia 2025」の報告によれば、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相は、「公正なエネルギー移行(Just Transition)」の必要性を力説した。
マレーシアの首相の主張は極めて現実的だ。再エネ一辺倒の導入ではなく、安価で信頼できるエネルギーへの普遍的アクセスこそが最優先であるとし、天然ガスや石油も引き続き重要な役割を担うべきだと断じた。これは、中国の安価な再エネ攻勢に飲み込まれ、自国のエネルギーバランスを失うことへの強い警戒感の表れと言える。
ASEANが求めているのは、中国への隷属ではなく、地域全体で電力を融通し合う「ASEANパワーグリッド(APG)」のような自立した仕組みだ。しかし、その送電網の規格や資金までもが中国に依存してしまえば、結局は同じ轍を踏むことになる。
今、日本が(対中国を意識しつつ)提唱している「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」の真価が問われている。
AZECの理念は、無理な再エネ一辺倒を強いるのではなく、水素、アンモニア、炭素回収(CCS)など、アジア各国の事情に合わせた「多様な道筋」で脱炭素を目指すというものだ。
しかし、現実の戦いは熾烈だ。日本国内では、一部の政治勢力や世論を気にするあまり、石炭火力や原子力発電の輸出が滞ってきた。その間に、中国は「安さとスピード」で市場を席巻した。日本は、理念を語るだけでなく、中国のダンピングに近い低価格攻勢に対抗できるだけの具体的で強力な支援スキームを提示しなければならない。 【次ページ】日本にとっても「他人事じゃない」と言えるワケ
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