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  • 2008/12/18 掲載

豊かさの指標として重要な生産性:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(2)

九州大学大学院教授 篠﨑彰彦氏

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目下、経済はグローバル規模に大波乱の様相を呈している。ITを駆使した金融手法がその震源となっているだけに、2001年のITバブル崩壊と重ねあわせて、ITによるイノベーションに疑問符をつける向きもあるだろう。だが、こうした時こそ混迷する経済情勢の先につながる大きな潮流を見失ってはならない。本連載では、ITが経済のさまざまな領域にどのような影響を与えているかを包括的に研究するインフォメーション・エコノミーについて、最新動向のトピックスも交えながら解説していこう。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
■研究室のホームページはこちら■

インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

豊かさの指標として重要な生産性

 前回みたように、ITが短期的な景気循環(サイクル)を超えた中長期的な経済成長、つまり、トレンドの傾きに影響を与える重要なファクターだということが、1990年代以降にはっきりと認識されるようになった。情報技術革新による生産性の向上(生産性上昇率の加速)は、金融や流通、あるいは、医療、教育、農業に至るまで幅広い領域で成長トレンドの傾きを変え、経済全体の成長力を加速させる原動力になっているのだ(図1)。

図1 成長と循環(トレンドとサイクル)
図1 成長と循環(トレンドとサイクル)

 経済社会にとって、生産性の向上は重要な意味を持つ。ノーベル経済学賞を今年受賞したポール・クルーグマン(※1)が、かつて、「生産性がすべてというわけではないが、長期でみるとほとんどすべてである(Productivity isn't everything, but in the long run it is almost everything.)」と指摘したように、生産性は経済社会の全般的な生活水準(living standard)を表すからだ。

 一人当たりGDP(国内総生産)は、もっとも基本的な生産性の指標だが、アンガス・マディソン(※2)による長期統計をもとに国際比較すると、20世紀初頭(1913年)のアルゼンチンは、西欧を約1割上回るほど豊かな先進農牧国だったが、その後、工業化の波に乗り遅れ、20世紀末(1998年)には西欧の約半分にまで相対的地位を低下させたことが読み取れる(表1)。

表1 国際比較による20世紀の一人当たりGDP(1990USD,%)
一人当たりGDPの水準増減率(年率換算)
1913年1998年GDP成長率生産性上昇率
日本1,38720,4104.33.2
米国5,30127,3313.21.9
西ヨーロッパ3,47317,9212.41.9
アルゼンチン3,7979,2192.91.0
南アフリカ1,6023,8583.41.0
世界1,5105,7093.01.6
(資料)Maddison (2001) 記載の統計資料をもとに算出。

 注目されるのは、この間アルゼンチンの経済成長率が年率2.9%と西欧の2.4%を上回っていたことだ。しかし、この成長は、人口の増加で底上げされており、生産性上昇率は、年率1.0%と西欧の1.9%を0.9%ポイント下回っていた。年率ではわずか0.9%ポイントに過ぎないこの小さな生産性上昇率の差が、およそ3世代先の85年後には、2倍という豊かさの差につながったのだ。技術革新に対する今の世代の小さな取り組み姿勢の違いが次の世代には大きな国際的格差になることを如実に物語っている。

情報経済学と情報化社会論

 さて、経済学には、経済全体の動きを大きくとらえる「マクロ経済学」と、企業や消費者といった経済主体の行動から市場の機能をとらえる「ミクロ経済学」がある。これまで述べてきた経済成長や生産性は、マクロ経済学が取り扱う主要テーマだ。したがって、ITの進歩と普及、利活用にともなう経済全般への影響を、経済成長、生産性、雇用、企業行動などの面から分析する情報経済研究(Analysis on Information Economy)は、まさにマクロ経済学の領域といえる。

 情報化にともなう経済社会の変貌を大きな視点でマクロ的にとらえる議論は、従来から情報化社会論(Information Society あるいはInformatization)として盛んだった。ただし、この種の議論は、経済学の枠を超えた壮大な概念で進められがちで、未来論や文明論の色彩を帯びやすかった。そのため、厳密な議論を重んじる経済学の主流派からは異端視されることが多く、残念ながら、マクロ経済学の主要な分析対象にはなっていなかった。

 一方、ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツ(※3)が「20世紀の経済学発展にもっとも貢献した分野のひとつ」と表現した情報経済学(Information Economics)は、ミクロ経済学の応用として発展したものだ。当初は、ミクロ経済学の中でもやや傍流にあったが、厳密な議論の積み重ねによって次第に主流派となり、今ではミクロ経済学の多くの入門書に情報経済学(Information Economics)の内容が盛り込まれるようになった。ただし、ミクロ分析に基盤を持つ性格から、従来はマクロ問題への関心がそれほど高くはなかった。

 つまり、ITの進歩と普及、利活用にともなう経済への影響をマクロ的にとらえる研究は、長い間経済学の本流に位置付けられていなかったのだ。

編集注釈
(※1)ポール・クルーグマン
Paul Robin Krugman。米国の経済学者、プリンストン大学教授。貿易パターンと経済活動の立地に関する分析で2008年にノーベル経済学賞を受賞。
(※2)アンガス・マディソン
Angus Maddison。グローニンゲン大学教授。OECDから『Monitoring the World Economy,1820-1992』を出版。
(※3)ジョセフ・E・スティグリッツ
Joseph E. Stiglitz。米国の経済学者、現在はコロンビア大学教授。情報の非対称性の理論で2001年にノーベル経済学賞を受賞。世界でもっとも影響力のある経済学者の1人と言われる。

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