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- 2026/08/03 07:10 掲載
【少女漫画史】萩尾望都・竹宮惠子──なぜ80年代にスター作家が大量発生した?
いがらしゆみこが語る、『りぼん』vs『なかよし』激闘期の裏側
東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在し、日本コンテンツ(カードゲーム、アニメ、ゲーム、プロレス、音楽、イベント)の海外展開を担当する。早稲田大学ビジネススクール非常勤講師、シンガポール南洋工科大学非常勤講師も歴任。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。『推しエコノミー「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』(日経BP)、『オタク経済圏創世記』(日経BP)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書)など著書多数。
第2回はこちら(この記事は第3回です)
講談社『なかよし』になかった…? 集英社『りぼん』の魅力
──1969年からずっと講談社の少女漫画誌『なかよし』の専属作家として活躍し、『キャンディ・キャンディ』(1975年)から『ころんでポックル』(1982年)まで女性漫画をけん引されていたいがらし先生は、1982年頃から他誌でも描くようになりました。こちらはどのような経緯があったのでしょうか?いがらしゆみこ(以下、いがらし)氏:ちょうどその頃、栗本薫さん(1953年~2009年、『グイン・サーガ』、『魔界水滸伝』など)から『パロスの剣』(1986年~)を一緒にやらないかと誘われていたこともあって、15年間お世話になっていた専属契約は卒業することにしたんです。
──時代ですね…増山法恵さんも「当時、少女漫画は、情けないほど社会的評価が低く“少女漫画=くだらないもの”の象徴のように言われていた。少年漫画に比べ、作家生命もずっと短く、わずか数年で“使い捨て”のように姿を消してゆく作家がほとんどだった」と残しています(注1)。『なかよし』は『キャンディ・キャンディ』以降、以前ほどの勢いは見られなくなっていきました。
いがらし氏:その頃、『りぼん』が隆盛期を迎えていくんですね。1980年代はまさに黄金時代で、池野恋先生(1959年~、『ときめきトゥナイト』など)に太刀掛秀子先生(1956年~、「おとめちっく」路線の担い手)、一条ゆかり先生(1949年~、『砂の城』などなど、百花繚乱でした。表紙一面がカラーの一条先生の絵で、それはもう本当に素敵だったの。
──雑誌によって、レイアウトも違うものなんですか?
いがらし氏:『りぼん』は映画のポスターみたいにカラー原画をバシッと張ってくれて、テキストはそれらを一切汚さないような作りになっていました。
『りぼん』は作家陣の充実ぶりもありましたが、「漫画のカラーイラストは一つのアートである」という意識が、あの雑誌には根付いていたように感じます。それに、どの作家も個性が際立っていて、ぱらぱらとページをめくるだけで「あ、この先生の作品だ」とすぐ分かるような特徴があったのも印象的でした。
──他の雑誌と、掲載されている作家陣や雰囲気がそこまで違うモノなんでしょうか?
いがらし氏:カラー表紙を見ても分かるんですが、どの作家の絵も全体としてバランスが取れているんです。やはり、売れている時期の雑誌というのは、作家それぞれの個性の配置がちょうどよく噛み合っているんですよ。
『なかよし』でも、私や高階良子さん(1946年生まれ、『黒とかげ』など)、志摩ようこさん(1953年生まれ、『リリアーナの黒髪』など)といった絵に個性のある作家がそろっていて、良いバランスだったと思います。
ただ、たまに書店で立ち読みしていると、あまり勢いのない漫画雑誌は、どこか“総集編”のように見えてしまうことがあるんです。たとえば作家が7人いても、絵柄や雰囲気が似通っていて、違いが分かりにくいと感じることもありましたね。
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