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  • 2023/12/26 掲載

『ゴジラ』の売上構成を大解剖、なぜ儲かる?米国ファンを取り込む“ある手法”が凄い

連載:キャラクター経済圏~永続するコンテンツはどう誕生するのか(第18回)

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2023年11月に公開スタートした『ゴジラ-1.0』が記録続きである。初動では2016年公開『シン・ゴジラ』の7割程度の売上で推移し、国内であれば50億円超といった数字見込みであった。明確に注目を浴びたのは「米国における成功」からである。約12年ぶりの国内ゴジラ作品として82億円の興収を記録した『シン・ゴジラ』では日本政治を克明すぎるほどに描いたこともあってか、米国では200万ドル(約3億円)と振るわない結果となったが、『ゴジラ-1.0』は1週間で1,436万ドル(約20億円)を超え、全米歴代1位を記録した。これほど米国で成功している理由はどこにあるのか。

執筆:エンタメ社会学者、Re entertainment代表取締役 中山淳雄

執筆:エンタメ社会学者、Re entertainment代表取締役 中山淳雄

東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在し、日本コンテンツ(カードゲーム、アニメ、ゲーム、プロレス、音楽、イベント)の海外展開を担当する。早稲田大学ビジネススクール非常勤講師、シンガポール南洋工科大学非常勤講師も歴任。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。『推しエコノミー「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』(日経BP)、『オタク経済圏創世記』(日経BP)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書)など著書多数。

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なぜ、『ゴジラ-1.0』は大ヒットしたのか?その理由は、過去のゴジラ人気の変遷をたどると見えてくる
(Photo:image_vulture/Shutterstock.com)

存続ギリギリだったゴジラ映画シリーズ

 日本最古のIP(知的財産として価値を持つもの)と言えば『鉄腕アトム』(1952年)がよく語られるが、そのアニメ化が1963年だったことを思えば、本来的には1954年の『ゴジラ』こそが日本最古のIPと言えるかもしれない。

 そんなゴジラは、本来これほど長く続くはずのなかった作品であり、何度も流行が廃れ、再び偶然に復活する、という流れを繰り返してきた“奇跡の映画IP”でもあるのだ。

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あの有名キャラたちは、なぜ成功できたのか?本連載でまとめて解説する
 ゴジラ第1作目(1954年)の制作を担当した特撮監督は、後のウルトラマンの生みの親である円谷英二氏だ。円谷氏自身も子供だましの怪獣モノとして、最初の1作目で終わらせる予定だったという(出典:浅尾典彦〈2006〉.アニメ・特撮・SF・映画メディア読本―ジャンルムービーへの招待 青心社)。

 その後、1955年の2作目公開後に終了したかと思われたところに、特撮映画『キングコング』(1933年)の権利を持っていた米映画配給会社RKOが『キングコングvsフランケンシュタイン』のコラボ企画に失敗し、その話が東宝に流れてきたことがキッカケで作品が続くことになる。東宝も設立30周年の節目であったため、第3作目として『キングコング 対 ゴジラ』(1962年)が創られ、シリーズ連作が始まる(出典:長山靖生〈2016〉.ゴジラとエヴァンゲリオン 新潮新書)。

 米国からの輸入ものであるアニメやマンガとは異なり、「特撮」だけは日本独自のお家芸。そうした特撮への誇りが作品作りのエネルギーとなった(その後、「特撮」は1960年代に『ウルトラQ』(1966年)からはじまった第一次怪獣ブーム、そして仮面ライダーや戦隊シリーズへと受け継がれていく)。

 そうは言っても1968~1970年代前半は日本映画業界が絶不調であり、リストラの嵐だった時代。東宝から独立した円谷プロダクションも多分に漏れず、150人ほど在籍していたチームを1/3にまで減らし、技術力はどんどん衰退していった(出典:浅尾典彦〈2006〉.アニメ・特撮・SF・映画メディア読本―ジャンルムービーへの招待 青心社)。

 息も絶え絶えに作り続けたゴジラシリーズも第15作『メカゴジラの逆襲』(1975年)の興収3.3億円で惨敗すると、ゴジラブームの第二波も終了する(ウルトラマンシリーズも仮面ライダーも1970年代後半は途絶えている)。もう特撮はここで無くなる、と言われていたのだ。それでは、なぜその後もゴジラシリーズは続いたのだろうか。そこには度重なる奇跡の連続があった。

ブーム第2波を生んだ「米国市場の攻略」

 第16作目となった『ゴジラ』(1984年)は9年ぶりにゴジラ30周年記念作として作られた。これは『日本沈没』(1973年)での大成功を見たことで、大人向けの災害パニックモノとして初めて描かれた作品だ。現在まで続くトレンドはこの転換によって実現している。

 映画の興行成績を集積・分析するWebサイト「Box Office Mojo」によると、本作は当時米国で300万ドルという記録も残した。これは『影武者』(1980年)が400万ドル、次に『子猫物語』(1986年)が1,329万ドルと、1980年代に米国で成功した日本映画トップ3にも入る実績である。

 1980年代の成長著しい米国映画市場において、日本映画は5~10億円といった興収が精いっぱいだった。なにせ世界1位の米国市場は、悪名高いほどのドメスティックぶりを発揮し、「字幕作品は観ない」「米国俳優でないと興味を持たない」「リメイクでないと受け付けない」という雰囲気すらあった。1980~1990年代において1千万ドル(10億円)を超えた外国語映画は5本しかないという排絶的な市場だったのだ(出典:周防正行〈1998〉.『Shall weダンス?』アメリカを行く 太田出版)。

 そのため、米国市場で売るには「輸出」ではなく「リメイク」が基本となる。たとえば、俳優・役所広司が主演を務めた映画『Shall weダンス?』(1996年)の輸出版の米国売上は950万ドル、これに対してリチャード・ギアが主演を務めたリメイク版(2004年)は5,800万ドルと、売上も桁が変わるような状況であった。

 そのほか、『リング』のリメイク作品である『The Ring』(2002年)の1.3億ドルや、『ハチ公物語』のリメイク作品である『Hachi:A Dog's Tale』(2009年)の0.5億ドルなど、“(輸出だと10億程度が売上のマックスでも)リメイク版であれば100億円も夢じゃない”といった状況であった。

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【筆者試算】歴代ゴジラシリーズが生み出した売上の内訳解説(記事の後半で詳しく解説します)

 そして初めてのゴジラのハリウッドリメイク版『GodZilla』(1998年)は、なんと1.36億ドルと、日本原作映画としての最高記録を更新してしまった。この作品は日本でも過去シリーズ最高の51億円。大成功に見えた本作の1番の課題は“内容が駄作だった”という評価を受けてしまった点に尽きる。

 そこから先もゴジラはブームの再燃と衰退を繰り返すことになる。 【次ページ】ブーム第3波を生んだ「ファミリー路線」とその弊害

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