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  • 2009/05/15 掲載

【連載】ザ・コンサルティングノウハウ(6):「メッセージ・ファースト」で調査方法を決める

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社内コンサルタントの育成を目指す企業が増えている。その狙いは、経営に資するIT戦略の策定や、コンサルティング営業による勝率・利益率の向上、グローバルグループ会社に対する本社支援力の強化などさまざまである。しかし多くの企業では、コンサルタントの育成はうまく進んでいない。この理由は、コンサルタントが、分析技法や方法論などの技術修得によって育成されるという誤解にある。コンサルタント育成に重要なのは、技術ではなくノウハウである。この連載では、コンサルティング会社の実態をもとにしたストーリー形式で、コンサルティングノウハウの存在とパワーを示す。

アクト・コンサルティング 取締役 経営コンサルタント 野間 彰

アクト・コンサルティング 取締役 経営コンサルタント 野間 彰

アクト・コンサルティング 取締役
経営コンサルタント

大手コンサルティング会社を経て、現職。
製造業、情報サービス業などの、事業戦略、IT戦略、新規事業開発、業務革新、人材育成に関わるコンサルティングを行っている。
公益財団法人 大隅基礎科学創成財団 理事。
関連著書『正しい質問』アマゾン、『イノベーションのリアル』ビジネス+IT、『ダイレクト・コミュニケーションで知的生産性を飛躍的に向上させる 研究開発革新』日刊工業新聞、等

アクト・コンサルティング
Webサイト: http://www.act-consulting.co.jp

「メッセージ・ファースト」で調査方法を決める

【セキュリティ】

アクト・コンサルティング
取締役
経営コンサルタント
野間彰氏


 オフィスに戻ると、岩崎は山口を自分の部屋に呼んだ。

「クライアントの意思決定者の悩みを聞いたわけだから、これから何を調査するかをかためよう」

「クライアントのインタビューは、まだ始まったばかりですけど」

「仮説のない調査をすると、情報の海で溺れるぞ。この間話した僕の先輩は、『詰めきるまで動くな』と、よく言っていた。山口君。クライアントのインタビューがすべて終わったら、仮説を作って検証のための調査をはじめるわけだが、君はどんな調査をするつもりだ」

「ええと、まずクライアントの顧客から、原価低減や環境対応への要望を調査します。それからクライアントの社内調査で、それぞれの技術の量産化や原価低減に必要なリソースと期間を予測します」

「何のために」

 岩崎の鋭いまなざしに、山口はたじろいた。

「君が言い当てた、コンサルタントの定義はなんだった」

「経営者に、意思決定の勇気を与えること…」

「そう。では、A社社長にはどのような勇気が必要だい」

 山口が答えられないのを見て、岩崎は立ち上がると、ホワイトボードに次のように書いた。


【1】 社長の悩みは何か
【2】 最終報告会で社長に言うべきメッセージは何か
【3】 そのメッセージを実証するために、どのような事実を明らかにするか



「君たちのコンサルティングノウハウ検討会の役に立つように、このノウハウには僕が名前をつけたよ。『メッセージ・ファースト』だ。君のように頭のいい人間は、調査対象や調査項目を、強引に作ることができる。しかし本当にその調査で、クライアントは満足するだろうか。さっき電車の中で話していた、木のうえにひっかかったボールを見ている男が、木にのぼる方法を教えてほしいと言ったとする。君は、どのような調査をして、彼に何を教える」

「木登り名人にインタビュー調査をして、木登りのコツを聞き出し、それを教えます」

「そのような調査をするのは、彼が何を悩んでいると仮説したからだ」

「木に登る方法がわからない」

「ほかに、彼の悩みの仮説はないかい」

「木登りの方法は知っているが、勇気が出ない」

「だとすると、何を調査する」

 山口は、すぐに調査の方法が思いつかなかった。岩崎が、ヒントを出した。

「調査結果を報告する場面をイメージするんだ。彼に調査結果を示し、最後に一言、勇気を出してもらうためにどのようなメッセージを言うか。この時、彼の悩みとメッセージは、セットで考えなければいけない」

 山口は、岩崎が言おうとしていることが少しずつわかってきた。

「たとえば、昔彼が木から落ちた経験があり、それで登る勇気がない場合、彼の現在の運動能力を調査し、彼が木から落ちた時と同じ年齢の子供の平均運動能力との差を調べ、『あなたは、昔のように非力ではない』と言います」

「いい調子だ。ほかには」

「木から落ちたら痛いと思っているなら、地面の柔らかさを調査し、柔らかいなら『大丈夫』と言い、硬いなら『クッションを敷いたほうがいい』と言います」

「上出来だ。コンサルティングで行う調査の目的の1つは、クライアントの意思決定者の悩み、『意思決定課題』を解決し、勇気を持って妥当な意思決定をする支援をすることだ。従って、意思決定者の悩みを聞き、これを解く答えを創造し、悩みを解消するメッセージを明確化しなければ、何を調査するかは決まらない。人間賢いから、悩みやメッセージを考えなくても、調査方法が作れてしまう。今君は、社長の悩みを考えていないのに、調査方法が言えただろう。これが落とし穴だ。メッセージ・ファースト、つまり最後に何と言うかまで詰めてから、何を調査するかを決めないといけない。メッセージを仮説しないで適当な調査をすると、集めた情報はガラクタだ。それでは、ろくでもないメッセージしか出せない。当然クライアントは、意思決定などできない」

 岩崎の言葉に、山口は1つ疑問がわいた。

「意思決定者は、過去の失敗とか、プライベートな経験や性格で、悩む事柄が違うんじゃないでしょうか。気の弱い意思決定者は、いろいろ細かいところで悩むでしょうし、大胆な性格の意思決定者はリスクを見逃して何も悩まないかもしれない」

「君の質問には、2つの答えをしよう。まず、クライアントの意思決定者の悩みが何であれ、プロとして妥当な提案をしなければならない。クライアントの悩みすら、ただの視点だ。プロとして、『あなたが悩むべきはこれだ』と言わなければならないこともある。

 もう1つは、企業の意思決定システムの本質を理解することだ。企業は、不確実な中で決定しなければならない。将来など、誰にもわからない。しかし、将来が明らかになってから行動を起こしては、競争相手に先を越される。準備が追いつかず、チャンスを逃す。そこで企業は、意思決定システムというものを作り上げた。これは、社内で一番的確に将来を見通し、一番的確な判断をする人間を、社内の厳しい競争・評価の中で見つけ出し、彼または彼女に決定させるというシステムだ。

 意思決定者には、それなりの人間が選ばれる。彼らは、経験や知識あるいは感覚を含め、一番妥当な意思決定ができる人物だ。企業は、彼らに決定をゆだねる。彼らは、意思決定に関わる絶大な権限を持つことになる。ただし、意思決定結果の評価も厳しい。基本的には、意思決定を誤ると、意思決定者はその座を追われる。だから彼らは、ある意味背水の陣で意思決定をする。そのような意思決定者の悩みは、一般社員の悩みとは重みが違う。彼や彼女の悩みには、君が言うように過去の失敗などの経験が原因のものもある。しかし、そのような経験を含め、全人格を求められて意思決定者になっている。

 したがって我々コンサルタントも、全人格を持って彼らの話を聞き、本当の悩みを抉り出す、あるいは共同で明確化しなければならない。自分の悩みを言うのは、楽しくないこともあるからね。淡々と聞いていてはだめなんだ」

 岩崎は、山口の目をまっすぐに見て、彼が理解したことを確認した。

「さて、じゃあホワイトボードの各項目を埋めてみてくれ」

 山口は、岩崎に指導されながら、調査方法の仮説を何種類か作った。


1 社長の悩み
1)現在自分が考えている、以下に示す技術開発の方向は妥当なのだろうか。
(1)a技術を用いて、サービス事業を加速する。
(2)b技術は、開発テーマから除外する。
(3)c技術開発のリスクと必要リソースをシェアするために、アライアンスを活用する。
(4)a技術で中級製品にも対応できる原価低減を行い、サービス事業と合わせて事業を拡大する。
2)この技術変革期に、自社の市場ポジションを向上させるために、技術開発はどのくらいのスピードで達成しなければならないのだろうか。

2 最終報告会で社長に言うべきメッセージ
1)社長の考えている技術開発の方向は正しいから、安心して進めてください。
2)現在の技術変革期に自社の市場ポジションを向上させるには、**年以内に**を達成しなければなりません。リスクをテイクして、閾値を越えるリソースを配分してください。
3)ただし、サービス事業の拡大はa技術開発にのみ頼ってはいけません。サービス事業固有の成功要件の把握とこれの達成が必要です。まずサービス事業全体のきちんとした戦略策定が必須です。

3 メッセージを正当化するために、どのような事実を明らかにするか。
1)a技術を活用して、既存の機械製造販売事業で、最大どのような事業機会があるか、本事業機会獲得のために、どれだけのリソースが必要か。
2)b技術による原価低減よりも、グローバル生産推進による原価低減の方が、費用対効果で優位か。
3)c技術開発のためにどこと組むべきか、どのように進めるべきか。(これは、クライアントの別組織が検討しているので、今回の作業からは外す)
4)a技術で市場が受け入れる価格設定(原価低減)は可能か、そのためにどれだけのリソースが必要か、a技術とサービス事業とを合わせることで差異化は可能か。
5)競争相手は、どのような戦略、目標、計画で、どれだけのリソースを配分しようとしているか
6)新技術への顧客要望、既存製品のライフサイクルから考えて、いつごろ大きな需要が発生するか
7)競争相手のサービス事業は、どのような戦略で、どれだけのリソースで推進しているか、どのようなサービスを提供しどれだけの収益をあげているか
8)競争相手は、サービス事業と既存の機械製造販売事業を比較して、大きく違う成功要件は何であると認識しているか、この成功要件達成のために、どのような努力をしてきたか


 山口は、うなった。確かに岩崎の示した項目を埋めていくと、何を調査すべきか、何故調査すべきかが明快になる。

「メッセージ・ファーストの威力は、すごいですね」

「メッセージ・ファーストを1つと数えると、君はこれから数十個のコンサルティングノウハウを身に付けなければならないぞ」

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