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  • 2013/11/29 掲載

西水美恵子氏の世銀改革、ブータンの国民総幸福量に学んだ3つのリーダーシップ精神

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日本人で女性初の世界銀行地域担当副総裁に選出された西水美恵子氏は、世界銀行で組織改革と仕事意識の変革を進め、貧困のない世界を夢に行動する仲間たちの組織文化をつくりあげたことで知られる。この変革は「静かなイノベーション」とも呼ばれ、欧米の著名な経営学者や専門家から注目を浴びた。西水氏は「日立イノベーションフォーラム2013」において、自らのメンターと仰ぐ、ブータンの先代国王である雷龍王四世から学んだ“3つ教え”について述べ、世界銀行の改革を成功さるまでの経緯と、リーダーシップ精神について、聴衆にヒントを与えてくれた。

フリーライター 井上 猛雄

フリーライター 井上 猛雄

1962年東京生まれ。東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにロボット、ネットワーク、エンタープライズ分野を中心として、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書に『キカイはどこまで人の代わりができるか?』など。

世銀の変革を進めた、雷龍王四世から学んだ“3つの教え”とは?

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 西水氏が、世界銀行(以下、世銀)の副総裁に就いたころ、世銀は大きな危機にさらされていた。グローバルな世論が、世銀をつぶしてしまえと活発な市民運動に発展していたそうだ。西水氏はその原因を「草の根からかけ離れた職員の上から目線、縦割り組織の風土にあった」と振り返る。官僚的な組織文化を変えようと動き出した西水氏。しかし周りの反応は冷たく、無関心や猛烈な反対、嫌がらせなどであふれていた。そんな中で出会ったのがブータンの先代国王、雷龍王四世(ジグミ・シンゲ・ワンチェク)だった。

 「人の世に変わらぬものは変化のみ」。雷龍王四世への謁見で、この言葉を聞いたとき、西水氏は「国も組織も成すのは人間。国づくりも組織づくりも、すなわち人づくり。ならば改革など忘れ、人間の成長そのものが動かす社会的な変革、自分が組織を去っても成長し続ける文化、その種を一粒でもいいから蒔こうと決めた」という。そして西水氏は、雷龍王四世から学んだ“3つの教え”について、静かに、そして力強く、聴衆に開陳した。

<リーダーシップ精神=危機感>

 1つ目の教えは<リーダーシップ精神=危機感>ということ。「世のため人のために動くリーダーは必ず自分に真正直。真正直は必ず危機感を生む。この危機感をどんなに小さなことでも感知したら絶対に見逃すな。本気で危機管理をしなさい、と学びました」(西水氏)。

 雷龍王四世は、「国民総幸福量」を提唱したことで有名だ。今でこそ世界中から注目されるようになった思想だが、そこにはブータンという国家に対する深い危機感があったからだ。ブータンの人口は70万弱、面積は4万平方キロメートルを切る小さな国だ。東京都の人口を九州全土に散らばらせると、ブータンという国になる。そんな小国が中国とインドに挟まれていた。その大きな危機感をブータン人の口癖を借りて表現すれば、「トラと象に挟まれた蚊のような危機感」というぐらいの感情だ。

 雷龍王四世は、即位した1972年から数年間、国家安泰の根源を見つめるために、国土を回る厳しい旅に出た。ブータンの国土は複雑に入り組んで波打ち、急峻な山並みの連続だ。北に7000メートル級のヒマラヤ山脈の巨峰も連なる。今も昔もクルマや道路に頼れるような安易な旅はできない。国王は自らに野宿を強いて歩き続けた。「その謙虚な姿に胸を打たれ、人々は自分の家に王を泊めたり、食事と暖を共にしました」(西水氏)。

 そんな試練を課して王が行き着いたところは、「国民一人ひとりの幸せ。一人ひとりが本気でこの国に生まれてよかったと言える幸せ、この国を守るのはそれしかない」ということだった。巡行のある日、王は側近に言った。「我が国の民は、貧しくても心は豊かだ。近代化がもし、この国の豊かさを脅かすときが来たら、龍王の国は滅び始めていくだろう」。そうして生まれた国民総幸福量という哲学は、国家安全保障政策でもあった。

<リーダーシップ精神=チーム精神>

 雷龍王四世の2つ目の教えは<リーダーシップ精神=チーム精神>だ。「世のため人のために働くリーダーは奢りを知らない。その謙遜さは、人に仕えたいというチームをいくつも欲する。だから本気で一体となって動くチームを育まねばならない」(西水氏)。

<リーダーシップ精神=逆さま精神>

 そして3つ目の教えは<リーダーシップ精神=逆さま精神>だ。「世のため人のために動くリーダーは、人の身に必ず我が身を重ねる。地位や人種・性別・宗教など多様な壁を超越してこそ、英知の恵みがある。だから、この喜びを身を持って知り、信念と情熱を支え続ける“逆さま視点”を育成しないさい、ということを学びました」(西水氏)。

 雷龍王四世は「草根から遠い政治は、すなわち悪い政治だから」と、早くから地方分権制度を確立した。指導者を資格ではなく、生まれで選ぶ王政は必ず国を危機にさらす。民主制への政治改革を自ら指導し、国王の絶対拒否権を全面放棄したり、国会決議を最終決議にしたり、信任投票による国王弾劾法まで成立させてしまう。そして最後に民主制が誕生したあかつきに突然、潔く退位した。

本物のチーム精神が社内に飛び火を始め、変革が進む

 雷龍王四世から学んだこれら3つの教えに胸を打たれた西水氏は、世界銀行の本部に戻って「貧村の住み込み体験研修を、世銀の組織文化を貧民に仕える文化に変えるための原点にする」と発表した。

 そのとき西水氏は、気でも狂ったかと笑われたという。唯一、彼女を理解してくれたのが、当時の世銀総裁だった。民間出身の彼は「お客さま目線になりきることを熟知しない会社はいつか必ずダメになる。それは世銀も同じ。貧困解消を使命とする世界銀行のお客さまは全世界の貧しい人々なのだから、ぜひやれと後押しをしてくれた」という。

 西水氏は、世界銀行の危機を知ったつもりだけだったと悟り、「自分に真正直にならなければリーダー失格だ。世銀はこの危機感を深いところで共有しなければどうにもならない。この危機をハートでつかんでもらうため、雷龍王四世の国土巡りを手本にしたらいいと気づいた」と語る。そして世銀の改革が具体的に動き始めた。それが「Village Immersion Program」と呼ばれる貧困没入計画だ。

【次ページ】よい会社とはどんな会社なのか?西水氏の夢

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