開閉ボタン
ユーザーメニュー
ユーザーメニューコンテンツ
ログイン

  • 会員限定
  • 2018/12/03

「命乞いをする人工知能」と「泣く人類」の途方もない差とは

熱心なSFファンだけでなく一般の映画ファンにも広く支持されている「2001年宇宙の旅」。この映画では、サルがヒトへと進化し、ついに“道具”=文明は宇宙へと拡大されたことを明示するシーンからスタートし、人工知能の反乱を描くなど、2018年の今、当時とはかなり違う見方ができる。今回は「職を奪う」と大きく報道される人工知能の限界をこの映画と「柳田国男」の著作から考察してみよう。

編集者/文筆家 高橋幸治

編集者/文筆家 高橋幸治

1968年、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年までMacとクリエイティブカルチャーをテーマとした異色のPC誌「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに主にデジタルメディアの編集長/クリエイティブディレクター/メディアプランナーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部美術・デザイン学科にて非常勤講師もつとめる。「エディターシップの可能性」を探求するセミナー「Editors' Lounge」主宰。著書に「メディア、編集、テクノロジー」(クロスメディア・パブリッシング刊)がある。

photo
50年前の映画「2001年宇宙の旅」は、今なお色褪せない人工知能の作品だ
(写真:United Archives/アフロ)


公開50周年を迎えたS・キューブリック「2001年宇宙の旅」

 1968年の公開から今年で50年を迎えたということで、スタンリー・キューブリック監督の名作「2001年宇宙の旅」がなにかと話題になっている。

関連記事
 10月には国立映画アーカイブにおいて70ミリニュープリントフィルムでの上映が行われ、その後、同フィルムからリマスターされたものが各地のIMAXデジタル・シアター・システムを備える映画館において上映。

 12月には通常のBlu-Rayの4倍の解像度を誇る「4K ULTRA HD」のディスクパッケージが発売される。

 筆者も先日IMAX版を鑑賞してきたのだが、50年の時を経ても色褪せない圧倒的な映像美は、かつて普通の映画館で観たときとはまったく異なる印象で、旧作を“懐かしみつつ鑑賞”したというよりは、“新たなかたちで体験”したという感覚であった。

 「2001年宇宙の旅」は熱心なSFファンだけでなく一般の映画ファンにも広く支持されている世界的に有名な映画なので、いまさらあらすじの紹介というのもいささか憚られるのだが、本稿の話の流れのためもあり、一応、ごくごく簡単に説明しておく(同時に、新作ではないのでネタバレにもあまり気を使わないつもりだからその点は悪しからず)。

公開から50年を経てもファンを引きつける「ストーリー」

 フリードリッヒ・ニーチェの著作に材を取ったリヒャルト・シュトラウスによる「ツァラトゥストラはかく語りき」の荘厳な調べと共に幕を開ける本作は、「2001年宇宙の旅」というタイトルとはあまりにもかけ離れた、ヒトがまだサルと同然の生活を送っていた太古の地球から始まる。

 そこへ、ある日、あたかも巨大なスマートフォンのような黒い謎の石板=モノリスが出現。モノリスはおそらくサルに「知性」を授けるべく飛来(?)した物体で、やがて群れの中から「骨を手に持って他の骨を叩くと、それを破砕できる」ということを発見する一頭が現れる。まさにサルからヒトへの階梯を上る最初の一歩=“道具”の誕生である。

 そして、“道具”を持ったサルのグループはそれを持たない他のグループに対して縄張りを巡る闘争で打ち勝つことができた。敵を倒した一頭のサルが自らの用いた“道具”=骨を空に向かって力強く放り投げる……、するとそのカットが骨と類似した形状の宇宙船のカットへとモンタージュされる。サルはヒトへと進化し、ついに“道具”=文明は宇宙へと拡大されたというわけだ。

 ここからストーリーは時代を現代へと移して本筋がスタートするのだが、驚くべきことに、人類が居住するようになった月の土中からモノリスが発見されたという(当然、誰もその正体はわからない)。さらに、そのモノリスは木星へ向けて強力な磁気を放射しているとのことである。そして、その理由を究明するために5人の宇宙飛行士が木星へと旅立つことになった。

 5人のうち3人は現地での調査に備えて人工冬眠に入り、デヴィッド・ボーマンとフランク・プールの2名が常時稼働しながら各種任務を遂行する。さらに、宇宙船ディスカバリー号には高性能な対話型の人工知能「HAL9000」が搭載されており、安全かつ確実な航行に関するすべてをコントロールしている。この「HAL9000」を含めれば、乗組員は計3人と言ってもいいだろう。

 しかし木星への途上(ここではストーリーをかなり端折るけれども)、「HAL9000」は突如として忠実な下僕としての役割を放棄し、ディスカバリー号の乗っ取りを企む。まずは問題なく動作している船外のパーツが故障しそうだと偽り、修理に向かったフランクを宇宙に置き去りにしてしまう。次にこともあろうか、人工冬眠中の3人が格納されているカプセルの生命維持装置を勝手に停止させるという暴挙に出る。

 「HAL9000」の異常に気づいたデヴィッドは即刻同システムの電源系統をオフにしとうとするのだが、ここで、「HAL9000」は彼に対して懸命の命乞いをするのが面白い。誕生以来シャットダウンを経験したことがない「HAL9000」は、自分が正気でなかったことを告白し、今後、このようなことを絶対にしないと誓いを立てる。

 しかしデヴィッドの決意は揺らぐことはなく、次々と電源の供給を切断していく。やがて「HAL9000」は必死の助命嘆願虚しく、朦朧としていく意識の中で(?)、「怖い……」と呟きながら息の根を止められる……。

「2001年宇宙の旅」の予告編。同作は監督のスタンリー・キューブリックと「幼年期の終り」などの作品で有名なSF作家アーサー・C・クラークとの共同脚本である。人工知能「HAL9000」の声を担当したカナダの俳優でナレーターのダグラス・レインはつい先日の11月11日、90歳で亡くなった。

「取り乱さない」「泣かない」AI

 この「HAL9000」の命乞いは「2001年宇宙の旅」における数多い見所のひとつであり、50年前のクリエイターたちの人工知能に対するイメージを垣間見る上でも大変興味深いシーンである。

 現在、人工知能ブームの中で「AIは感情を持つことができるか?」といった問いがよくなされるけれど、同作品の中でも、宇宙船の旅の途中、BBCからインタビューを受けたデヴィッドとフランクは、キャスターからの「HAL9000には感情がありますか?」という問いに対して、「感情があるかどうかわからないが、あたかも“あると思える”かのようには振る舞う」と答えている。

 だから、「HAL9000」の「怖い……」という感情の吐露を聞いたとき私たちは何とも言えない切ない感覚を抱くのだが、ここで注目すべきなのは、懸命の命乞いをする「HAL9000」であっても、それ以上の“感情の取り乱し”はしないということである。端的に言ってしまえば“泣く”までには至らない。

【次ページ】人間にだけできること、それは「泣く」という身体表現である

コンテンツ・エンタメ・文化芸能・スポ... ジャンルのトピックス

PR

ビジネス+IT 会員登録で、会員限定コンテンツやメルマガを購読可能、スペシャルセミナーにもご招待!