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  • 2020/11/13 掲載

「海洋版GIS」は何がスゴい?海洋ビジネスの常識を根底から変えるIoTの威力とリスク

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IoTといえば自動車などの製造業や金融業界との関わりが強いイメージだが、漁業や農業などの一次産業にもいまその波が押し寄せている。GPSからのデータを収集する独自技術を軸に、IoTを活用することで海洋ビジネスの変革に挑戦している企業が環境シミュレーション研究所だ。同社の技術を活用すれば、「魚がどこにいるか」という漁業者にとって企業秘密といえる情報をあっさりと可視化してしまう。同社 代表取締役の小平佳延氏、システムソリューション開発部門の山口晶大氏にその取り組みの詳細について取材した。

フリーライター 渡邉 利和

フリーライター 渡邉 利和

PC系出版社の編集者からスタートし、UNIXとTCP/IPを主に担当しながら、部門ネットワークの運用管理担当者を兼任するなどバラエティに富んだ業務を担当する。退職後は主にエンタープライズITをカバーするフリーランスのライターに。最近はクラウドやSaaS、セキュリティ関連の話題をカバーすることが増えているものの、「新しい便利なサービス」の話よりも「凄いハードウェア」の話に食い付きがちな傾向がある。

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話を聞いた環境シミュレーション研究所の代表取締役の小平佳延氏(右)と同社のシステムソリューション開発部門の山口晶大氏(左)

海洋ビジネスの常識を根底から変える可能性を持つ「海洋版GIS」

 現在は“データの時代”と言われ、さまざまな分野でデータに基づく判断や予測が大きな価値を生み出すようになっている。元々コンピューターやデジタル技術と相性の良いネット系ビジネスでデータ活用が進んだのは当然として、現在は「自然相手の仕事」である農業や漁業といった第一次産業でもIoT機器の導入やデジタルデータの活用が進行しつつある状況だ。

 埼玉県川越市に本社を置く環境シミュレーション研究所(ESL)は、GPSデータなどを収集する独自開発の「データロガー」を軸に、海洋関係のさまざまなデータの収集や活用を10年ほど前から実施している。この分野での先駆的企業の1社だ。ここでは、現在の漁業の現状やデータ活用に向けた取り組みについて聞く。

 ESLは、海洋関係のソフトウェア開発を主に、海洋版地理情報システム(GIS)やデータロガーを使った事業を展開している。代表取締役を務める小平佳延氏は海洋版GISについて端的に、「地図上にさまざまなデータを重ね、研究者の研究開発を支援するソフトウェア」だと説明する。

 ベースとなるのは海底地形図で、陸上の地図でいえば国土地理院の地形図や民間企業が作成している住宅地図などに相当する。海上保安庁が提供するものもあるが、同社は独自に、より高精度な海底地形図を作成しているという。こうしたデータを作成するためのソフトウェアや各種機器、さらにはデータそのものの配信などが同社の事業だ。

 また、水産関係の研究機関等と協力して漁業データの収集も実施している。これには、独自開発の「データロガー」を活用し、漁業者の協力を得て漁場や漁獲量のデータを研究者に提供している。GPSの普及により、海上でもほぼ正確な位置情報を得られる。

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データロガーと各種センサー類。左端の表示窓のついた箱から長いケーブルが伸びているのが漁船に備え付けるタイプの水温センサー。左から2番目の大きなスクリーンのついたグレーの機器は魚群探知機。右端はAndroidアプリ実行してデータ入力や確認作業をするためのタブレット端末の例

 漁業者の船(漁船)にはGPSレシーバーのほか、魚群探知機や水温センサー、潮流センサーなどが取り付けられているので、同社のデータロガーはこれらの機器から得たデジタルデータを無線ネットワーク経由で同社に送信する役割を担っている。

 また、漁業者の使い方にあわせて独自に開発したセンサーデバイスも用意している。たとえば、水深600mまでに対応可能な水温/水深センサーが一例だ。このセンサーは円筒形で、漁網に括り付けて網と一緒に沈めることで、網がある位置の水深と水温を記録、網が引き上げられた際にデータロガーと無線通信を介してデータロガーにデータを転送する。

 漁船に備わる水温センサーは漁船の船底部にあり、水面直下の水温を測定している。深いところで捕れる魚の場合、どのくらいの水温のところを好んで集まっているのかは、実際に魚が捕れた水深の温度を測ることで知ることができるというわけだ。

 こうしたデータを収集し、大量に蓄積して分析することで、海のどの辺りに魚がいそうか予測するといった活用に期待が集まる。


企業秘密が丸裸に、1次産業でも農業と漁業で異なる事情

 一次産業分野でのデータ活用の例としては、農業IoTがさまざまな取り組みを実施していることがよく知られている。気温や吸水量、日照量や肥料の濃度などを細かくデータ化することで、「名人」と呼ばれるような栽培家のノウハウをデジタル化し、これを横展開することで高品質な農作物を安定的に収穫できるようにした「野菜工場」もすでに実現しつつある。

 しかし、小平氏はこうした農業での取り組みと漁業での取り組みは似ているようでいてかなり異なるものだと指摘する。漁業でも養殖事業となるとまた違ってくるのだが、ここで対象としている「漁船漁業」の場合、基本的には天然の魚を捕まえることになるため、漁業者間での競争が起こる。農業であれば全員が同じように豊作という状況も不思議ではないが、漁業の場合は基本的に「取り合い」になってしまう。

 このため、長年にわたって漁を続けているベテランの漁業者は、それぞれ独自の「秘密の漁場」を持っていることが珍しくない。いつどこで魚が捕れるかは財産とも言える貴重な情報であり、いわば「企業秘密」である。

 しかし、同社のデータロガーを活用すると、その漁船がどこで漁をしているかが正確なデータとして収集されてしまう。サンプルデータを見せてもらうと、GPSで得られる位置と船速データからは「漁場に向かって移動中」「漁場に近づいたので減速」「網を入れて引いている」といった動きがはっきりと浮かび上がるため、どこでどのように漁を実施しているのか、秘密が丸裸になってしまう。

 同社のデータロガーを設置している漁船の多くは国や県の研究プロジェクトに協力する形で「どこでどの魚がどのくらい捕れたか」というデータを収集し、得られたデータは漁業資源量の推定や管理に役立てられる。

 こうした研究プロジェクトの意義を理解して賛同してくれる漁業者であっても、自身の秘密のノウハウが航海されてしまうのは困るので、研究以外の目的で詳細データが漏れないようなセキュリティを確保する必要がある。

 ここまでみたように、同社が収集しているデータは貴重で価値の高いものである。漁業者がこうしたデータ収集に協力してくれる背景には、研究の意義を理解、賛同して、という理由に加え、漁業者の高齢化が進んでおり、そろそろ引退を考える人が増えてきているという実情もあるようだ。

 後継者不足の問題もあり、引退する漁業者の中には「もうそろそろ教えてやってもいいか」という気持ちになる人もいるとのこと。逆に言えば、こうした貴重なノウハウが失われる前に、データ化を急ぐ必要もある。

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地図情報と漁船の航跡データ(GPS情報)を重ねると、どこの漁場で操業したかが分かる。この画像ではかなり広域を表示しているために細かい情報は分からないようになっているが、拡大すると漁場の正確な位置や操業の際の操船方法などがはっきり分かるレベルの情報が得られている

【次ページ】AI活用、音声・画像認識も現状は限界あり

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