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  • 2021/03/17 掲載

サイゼリヤに学ぶテクノロジー導入、なぜ“後出しじゃんけん”でうまくいくのか

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AI・データ活用によるデジタル変革やデジタルトランスフォーメーション(DX)推進の必要性は理解しながらも、自社ではどのような領域で活用できるのか、また具体的に何をすべきかを定めきれずにいる企業は少なくないだろう。本稿ではその解決のヒントとして、人工知能(AI)を通じて人間と人間社会を見つめる研究者・松田 雄馬 氏と、経営者が陥りがちな技術活用のトラップに警鐘を鳴らす楠木 建教授の対談の内容をお届けする。デジタル技術活用におけるトラップからの脱出方法や技術導入の正しいタイミングの見極め方を具体的な事例を交えて紹介する。

聞き手、構成:編集部 山田 竜司 執筆:畑邊康浩

聞き手、構成:編集部 山田 竜司 執筆:畑邊康浩

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授。一橋大学商学部卒、同大学院商学研究科修士課程修了。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『逆・タイムマシン経営論 近過去の歴史に学ぶ経営知』などがある



経営者が「飛び道具トラップ」にはまらないために

──楠木先生は、近著『逆・タイムマシン経営論 近過去の歴史に学ぶ経営知』の中で、経営者が陥りがちな罠(トラップ)の1つとして、新技術などに過剰に期待してしまう「飛び道具トラップ」を論じています。企業では、経営者がAIやDXに大きな期待を寄せて、部下に「DXを推進せよ」「他社動向を調査せよ」と命じるケースが増えているようですが、こうした動きをどう捉えるべきでしょうか。

楠木 建氏(以下、楠木氏):そういう経営者にまず言いたいのは「DXは手段だということ」です。その向こうにある目的が「戦略次元のものなのか、それとも通常の業務の効率化という話なのか」、まずそこをはっきりしましょうと言いたいです。

 行政サービス、教育、医療など古くから伝わるしきたり、つまり因習が濃い分野ってありますよね。特に日本では行政サービスでの因習が濃く、それゆえの非効率がここそこにある。DXが手段として有効なのは間違いありません。というのも、単純に効率が上がるからです。失うものはない。どんどんやればいいだけですよね。

 「よいこと」と「悪いこと」の間で選択するのであれば、「よいこと」を取ればいいと思います。こうした選択は意思決定ではありません。意思決定というのは「よいこと」と「よいこと」の間の選択です。

 二流の経営者の見分け方というのがいくつかあります。「一理ある」という言葉が使われがちですが、実はこれが駄目なんです。一理もないことって世の中ないんですよ(笑)。「A」という理と「B」という理のどちらを取るべきかを判断するのかが、あなたの仕事でしょうということです。だからコロナのような事態になると「判断が難しい」と言ってばかりいるのです。

 DXの取り組みにも当てはめてみると、まず「自社の戦略がどういう文脈・ストーリーを持っているのか」をあらためて考え、「その文脈の中にDXを位置づけたときにどう作用するのかを考える」ことが大切です。『逆・タイムマシン経営論』の中でも、「文脈思考」を持ちましょうということを主張しています。

「技術に仕事が奪われる」症候群に常におびえ続けている

楠木氏:私は「笑いの中に真実がある」と考えています。つまり、思わず笑っちゃうということの多くが、人間とか人間社会について本質を突いていることだと思うのです。前回、松田さんとお話しした時は「AIに仕事が奪われる」という話がよくされていた時期でしたよね。

松田 雄馬氏(以下、松田氏):その際は、「人工知能は道具、それでも弱い人間は支配される」などといった名言が生まれましたね。

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松田 雄馬
合同会社アイキュベータ共同代表。京都大学工学部地球工学科卒、同大学大学院情報学研究科数理工学専攻修士課程修了。日本電気中央研究所などを経て、AIの基礎研究とともに社会実装にも取り組んでいる。著書に『人工知能の哲学』『人工知能に未来を託せますか?──誕生と変遷から考える』などがある。

楠木氏:『逆・タイムマシン経営論』を書くに当たり、私はビジネス誌の50年分の記事を読み返すという作業をしましたが、その途中で笑ってしまったことがあります。それは、人間は昔からずっと「仕事がなくなる」と言っていたということです。

 「オートメーションで仕事がなくなる」「コンピュータで仕事がなくなる」「ロボットで仕事がなくなる」「インターネットで仕事がなくなる」ときて、今では「AIで仕事がなくなる」「DXで仕事がなくなる」と続いています。その割には、皆まだまだ仕事しているじゃないかなと思って(笑)。

 なぜ、新しい技術の登場を「仕事がなくなる」ことに紐付けるのでしょうか。それは、「不安に敏感に反応する」という人間の本性につけ込んで、メディアが注意を惹こうとするからだと思います。人間の基礎的な不安というのは「仕事がなくなる」ことです。だから、ビジネス誌はずっと「仕事がなくなる」と言い続けていると思います。

AIを理解する一番の近道は、その歴史を学ぶこと

楠木氏:松田さんの新著『人工知能に未来を託せますか?――誕生と変遷から考える』の中にも面白いと思った話がたくさん出てきました。たとえば、ARPANETの創始者であり、コンピュータの歴史上重要な役割を果たした人物と言われる「J・C・R・リックライダー」の話です。また、「イチジクとイチジクコバチの共生関係(両者の間で子孫を残すという共通利益のもとで相利共生関係が成立すること)」というメタファーにおいては、かなり初期段階のAIの構想が出てきているという内容もありました。

松田:今でこそ「人とAIの共生」などといった話をする人は多いですが、この言葉はリックライダーの思想から始まったことを知っている人はそう多くないかもしれません。

楠木氏:こういうことを「歴史から学べ」といっても、遠過ぎる過去ではよく分からないこともあります。近過去にさかのぼるということが、AIとは何かを考える上で一番近道ではないかと感じました。この本の前半部分は「AI版 逆・タイムマシン論」と言ってもいいと思いました。

松田:確かに(笑)。研究者は歴史を非常に大事にします。一般的に、学術研究の成果を発表する論文ではイントロダクションに始まります。そこでは、過去の論文調査を踏まえて浮かび上がった課題を解いていくというような流れがあります。つまり、過去の研究という歴史的な文脈と、その中における自分の研究の位置付けを明確にさせなければ論文として成り立たないのです。

楠木氏:イントロダクションに書かれる決意表明や意味合いの認識のところは、いい論文とそうじゃない論文の違いが如実に出るところですよね。

松田:そうなんです。イントロダクションを読むとすごく面白いですよね。博士課程の学生も「いいイントロダクションを書くことが、いい論文を書くということだから、そこをしっかり作りなさい」と指導されます。そのために過去の論文を読んで、その論文を書いた研究者が何を考えて、どのような問題提起をして、何を説いたのかを知ることが大切です。「研究者の心に迫りなさい」という研究者もいるほどです。

 多くの人がAIの歴史を語る場合、ダートマス会議以降の歴史にしか言及していません。ダートマス会議が1950年代の第1次AIブームのきっかけとなり、その後1970~80年代の第2次AIブーム、そして今が第3次AIブームにつながったという流れです。ただ、これは単純に事実を述べているだけで、研究者の心にまでは迫っているとは言えません。

【次ページ】研究者の心に迫ると、技術の本質が分かるようになる

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