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  • 2021/08/18 掲載

「無事故」を当たり前にするために…高ストレスのトラックドライバーを誰が守るのか

連載:「日本の物流現場から」

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運送会社にとって、「安全」は絶対正義である。安全を保つこと、すなわち事故を起こさないことが当然とみなされており、運送会社が安全のために費やす膨大な努力と手間は、世間一般では理解されにくい。高止まりする安全への要求に対し、運送会社はどのように応えれば良いのか? 本稿では、筆者が経験した実例を踏まえながら安全対策のために必要な教育と仕組みの考え方、そして悩ましいヒューマンエラーの撲滅に対し、ビッグデータを用いたアプローチを紹介しながら考えていきたい。

執筆:物流・ITライター 坂田 良平

執筆:物流・ITライター 坂田 良平

Pavism 代表。元トラックドライバーでありながら、IBMグループでWebビジネスを手がけてきたという異色の経歴を持つ。現在は、物流業界を中心に、Webサイト制作、ライティング、コンサルティングなどを手がける。メルマガ『秋元通信』では、物流、ITから、人材教育、街歩きまで幅広い記事を執筆し、月二回数千名の読者に配信している。

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徹底した安全対策の難しさについて、元トラックドライバーの筆者が実例を交えて語る
(Photo/Getty Images)

高さ制限に関わる事故事例:ファストフードのドライブスルー

 これは私が、トラックドライバーだった頃の後輩A君が引き起こした事故である。A君は、ファストフード店のドライブスルーにトラックで突っ込み、店舗の屋根ひさし部分をトラックのコンテナ上部と接触させ、破損させた。

 「ほんとに?馬鹿じゃないのか!!」──、話を聞いた私は、思わず口にしてしまった。だが、それくらい、トラックドライバーとしてはあるまじき事故である。乗用車しか運転したことのない人は、車両に対し縦横の感覚は身に付けているものの、高さに関する感覚を備えている人は少ない。逆に言えば、高さの感覚を身に付けることは、プロであるトラックドライバーとして基本である。

 「そうですよね……」──、私にA君の不始末を教えてくれた仲間は、苦々しげにこのように続けた。

「僕も、A君に『お前、プロドライバーだろ!?』って言ってしまったんですよ。すると、A君は、なんて言ったと思います?『だって、ドライブスルーの入り口には、高さ制限の表記がなかったんですよ』って言い訳したんです」

高さ制限に関わる事故事例:商業施設の荷捌き場

 別の運送会社に勤めるベテランドライバーB氏が起こした事故事例である。B氏が所属する運送会社では、新たな仕事を獲得した。量販店店舗に商品を配送する仕事である。

 配送開始前、親請けとなる運送会社から配送先店舗ごとの情報が提供された。軒先情報とも呼ばれる本情報には、配送先店舗に対するアプローチルート、入店方法、荷卸しバースの場所、荷役におけるルール、そして配送先施設における高さ制限の有無などが書かれている。

 最初のミスは、軒先情報の誤りだった。親請け運送会社が軒先情報を作成した際、事故が発生した商業施設の高さ制限の記載を間違えて、高く記載していたのだ。事故が発生したのは、配送初日だった。高さ制限の記載が間違っていることを知らず、B氏は荷卸し場所の天井にある梁よりも高さのあるトラックで、問題の商業施設に向かってしまった。

 次のミスは、B氏自身の確認不足だった。実は、問題の商業施設の入り口には、正しい高さ制限情報が掲げられていた。だが、B氏は、それを見落としたのだ。さらに、B氏は後進で荷卸しバースに接車する際も、梁と自身が運転するトラックコンテナの高さに対する目視確認を怠ったという。結果、B氏が運転するトラックのコンテナ後部上側が、商業施設の梁に接触、破損してしまった。

 「この事故の責任は、私どもにあると思いますか?」──、B氏が勤務する運送会社に相談を受けた私は、B氏から直接話を聞いた。B氏は、かわいそうなくらいに落ち込んでいた。B氏は、社内外からの信頼も厚いベテランドライバーである。その彼が、新たな仕事の初日に車両事故を起こしてしまったのだ。

 「すべて私の責任です。私が責任を取ることでお客様へのお詫びになるのであれば、潔く退職します」──、B氏は、高さ制限確認を怠った自身の怠慢を猛反省していた。また、軒先情報の誤りに責任転嫁をすることはしなかった。「私はプロドライバーである。だからすべての責任は自分にある」と、自身を責めていたのだ。

2つの事故原因の分析

 A君の事故に関しては、必要なのが教育であることは明確である。「だって、ドライブスルーの入り口には、高さ制限の表記がなかったんですよ」と責任転嫁をしたA君は、プロドライバー失格である。また先輩である私も、A君をプロドライバーとしてしっかりと教育しきれなかった責任の一端は免れない。対してB氏の場合は、少々複雑である。

 B氏が言うとおり、B氏の上方への注意不足は確かに問題である。だが実は、事故当日におけるB氏の状況には、同情の余地があるのだ。ドライバーリーダーも務めるB氏は、出庫前、配送初日で混乱する各ドライバーたちの積み込みを采配していた。さらに各配送先で発生していた、初日ならではのちょっとした手違いに直面した後輩ドライバーたちからの相談も電話で受けながら、自身も配送を行っていたのだ。

 つまり、B氏はいつもと違い、自身の配送と運転に集中できる状況ではなかった。加えて、親請け運送会社が作成した軒先情報のミスである。B氏が所属する運送会社の配車担当者は、B氏を一方的に責める意思はまったくなかった。むしろ、本来配車担当者が行うべき、ドライバーたちへのフォローや、配送初日における諸準備をB氏に頼ってしまったことを反省していた。

 「Bさん自身の配送だけに集中させてあげていれば、本来こんな事故を起こすような人じゃないんですよ。申し訳ないことをしてしまいました」──、配車担当者は反省し、そしてB氏の精神状態をとても心配していた。

 軒先情報とは、事故を防ぎ安全を守るための予防策、すなわち安全を守るための仕組みの1つである。軒先情報を確認し、今回のような高さ制限に関係する事故に限らず、あらゆる事故、問題が発生しないよう、配車担当者は、配車計画を立てる。もしここで、高さ制限NGとなるトラックを割り当てていたとすれば、それは配車担当者のミスでもある。

 だが誤算だったのは、予防策であるはずの軒先情報に誤った情報が掲載されていたこと。そしてさらに、軒先情報の誤りをカバーできるはずの、B氏本来のスキルが発動しなかったことだった。二重三重に用意しているはずの事故予防策も、複数のミスとヒューマンエラーが重なれば、無に帰すのだ。

【次ページ】安全対策における仕組みと教育の関係

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