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- 2023/07/18 掲載
「失われた30年」からの脱却チャンス到来? 日本にとって追い風の「潮流変化」とは 篠﨑教授のインフォメーション・エコノミー(第160回)
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日本経済の重し「3つの過剰」問題とは
前回解説したように、デジタル革命の波が押し寄せ始めた1990年代は、日本経済がバブル崩壊に見舞われて、雇用・設備・負債の「3つの過剰」問題に直面していた。この日本固有の問題が大きく立ちはだかり、企業レベルでも社会全体としても、デジタル投資とDXが一気呵成(かせい)には進まなかった。所得水準や生産性の向上につながる大胆な経済資源(=ヒト、モノ、カネ)のシフトに手間取ったからだ。
だが、日本経済の重しになっていた「3つの過剰」はもはや解消した。雇用は過剰どころか人手不足へと転換し、自動化・省力化に向けた設備投資は急務だ。しかも、債務を整理した企業は豊富な手元資金を抱えている。
こうした中、過去30年間のデジタル革命を支えた大きな枠組みは激変している。第1に、価値観を巡る対立が深まり「平和の配当」が消滅しつつあること、第2に、この動きに技術革新が重なりサプライチェーンの「可視化」と「再編」が迫られていること、第3に、デジタル化の新展開でリアルとの融合やウェットラボの可能性が生まれていることだ。
「平和の配当」消滅で変わる世界
「平和の配当」の消滅は、ロシアのウクライナ侵攻が始まった2022年に決定的となった。ただし、連載の第154回で解説したように、この動きはすでに2010年代半ばから始まっていた。ロシアのクリミア侵攻も、香港の自治に対する中国政府の介入に反発した民主化運動(雨傘革命)が高まったのも2014年だ。2015年には、米国で対中国防衛政策に長く関与したマイケル・ピルズベリー国防総省顧問の著書『China 2049:秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』が米国政治の中枢で関心を呼んだ。
中国の通信機メーカーファーウェイのCFOがカナダで逮捕され、米国から身柄引き渡しを要請される事件が起きたのは2018年12月のことだ。この段階になると、米中関係は、単なる貿易摩擦を越えた「価値観」の対立に先鋭化した。
「平和の配当」が消滅していく中でサプライチェーンの再編を促す力学が生まれ、日本では2022年に経済安全保障法が成立した。北大西洋条約機構(NATO)加盟国が1949年に結成したココム(対共産圏輸出統制委員会:日本は講和条約締結後の1952年加入)は、冷戦終結後の1994年に解散していたが、国際情勢の変化を背景に制度の空白を埋める仕組みづくりが始まったと言える。
始まった「サプライチェーンの可視化」
この流れを後押しするのがデジタル技術の革新で生まれた「サプライチェーンの可視化」だ。デジタル技術がグローバルに普及したことで、情報の解像度が飛躍的に高まり、企業がどのようなエコシステムを形成しているか、原材料、部品、労働環境、エネルギー源にさかのぼって、世界中の誰もが容易にトレーシングできる環境が出現した。国連の人権理事会では2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」が決議され、サプライチェーンにおける人権の尊重を企業に求めている。日本でも、主要銀行が融資先に対して人権遵守を厳格審査する方針だと報じられている(日本経済新聞[2023])。
サプライチェーンの再編は、短期的で表面的な不確実性が問題なのではなく、非財務情報の開示と併せて、中長期で向き合う抜本的な取り組みなのだ。
従来は情報の受け手だった消費者が、SNSを通じて今や情報の提供者に転化するCGM(Consumer Generated Media)の動きが加速しており、対応を誤るとレピュテーション・リスクに直結しかねない。
完成品市場での品質や価格のみならず、企業の収益がどう生み出されているか、安全・安心、人権、環境など価値観に直結する「生産のされ方」が世界中の消費者や投資家の判断材料になることを肝に銘じた再編が望まれるゆえんだ。 【次ページ】日本が再評価され得る「ある理由」
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