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国際社会は過去約30年間で2度の大転換を経験した。1度目は「平和の配当」を生んだ東西冷戦の終結、2度目はそれが崩壊しつつある現下の情勢だ。ICTイノベーションによるグローバル経済発展の構図は「平和の配当」の象徴だった。皮肉なことに、ウクライナ危機で浮き彫りになった経済活動(エコノミー)と安全保障(ナショナル・セキュリティ)の不可分性は、まさにそのICTの領域で際立っている。今回は、現下の情勢に至る経過を長期の時間軸で俯瞰し、経済安全保障を「制度の空白」という観点で考えてみよう。
冷戦終結で国際環境が一変した1990年代
前回みたように、日本ではロシア軍のウクライナ侵攻が始まった翌日の2月25日に「経済安全保障法案」が閣議決定され、現在、国会で審議中だ(正式には「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」)。
今回のウクライナ危機では、エネルギーの安定供給や金融分野の制裁などが注目されているが、これらは「経済安全保障法」がなくても、既存の法律でピンポイントに対処可能だ。では、なぜ今「経済安全保障法」の制定が求められているのであろうか。
その源流を遡ると、1991年の
旧ソ連崩壊に伴う冷戦終結に辿り着く。国際環境が一変し、第2次世界大戦後長く続いた東西対立の構図がなくなったからだ。これにより、国際間の経済活動において、安全保障の観点から包括的に対処する枠組みは、もはや不要になったと考えられた。
NATO加盟国が1949年に結成した
ココムは役割を終え、1994年に解散した。自由な経済活動がグローバルに可能となる環境が出現したわけだ。その後、ハイテク分野での民間取引が世界規模で活発化したのは
「平和の配当」そのものといえるだろう。
平和の配当を最大限享受した中国
1989年の
ベルリンの壁崩壊が旧ソ連の解体に連鎖し、1992年には、後にジョン・ホプキンス大学教授などを歴任したフランシス・フクヤマ博士の
The End of History and the Last Man(邦訳『歴史の終わり』渡部昇一訳)が公刊され注目を浴びた。
同書では、プラトン、カント、ニーチェなど哲学者の思想を踏まえて、自由主義と民主主義による統治形態が独裁制を打ち破り、「統治の最終の形」として「人類のイデオロギー上の進歩の終点(=歴史の終わり)」になると論考されている。
1990年代といえば、情報化投資に牽引されて米国経済が再生し、
ニュー・エコノミーへの関心が高まった頃だ。この活気に満ちた経済情勢も加わり、冷戦に勝利した米国主導による世界の秩序と繁栄というムードが世界に広がった。
この楽観の構図を書き換えたのは、1990年代に市場型経済に移行し
(注)、2001年のWTO加盟で自由貿易の恩恵をフルに享受した中国の台頭だ(図表1)。中国経済は平和の配当を最大限に受け取ったといえる。
注:1992年1月から2月にかけて、当時中国の最高指導者であった鄧小平氏は北京を発ち、南方の湖北省、広東省、上海市をおよそ1カ月間視察して改革・開放の左側を呼び掛けた。この「南巡講話」を機に1989年の天安門事件以降国際社会からの経済制裁等で低迷していた中国経済の立て直しが図られ、「社会主義市場経済」路線で積極的な外資導入などの経済政策が進められた。
図表1:中国経済の台頭
(出典:IMF World Economic Outlook Databaseより筆者作成)
デジタル経済の波に乗った中国は、この間に毎年10%前後の高成長を続け、1990年にはわずか4000億ドル(日本は3兆ドル、米国は6兆ドル)に過ぎなかったGDPは、2010年に日本を上回り世界第二の経済大国となった。2020年のGDPは14兆ドル(日本は5兆ドル、米国は21兆ドル)で1990年から約36倍にまで拡大している。
平和の配当は2010年代半ばに終焉
こうしたダイナミックな変化の中で、約四半世紀にわたって
「平和の配当」を享受してきた国際社会に再び転機が訪れた。それを一気に顕在化させたのが2016年の大統領選で勝利した米トランプ政権下の「米中経済摩擦」だ。摩擦はバイデン政権下でもさらに激化している観がある。
これに先立ち、2014年にはロシアの一方的なクリミア併合も起きた。
「平和の配当」時代の終焉は、2010年代半ばから既に始まっていたといえる。
香港問題や現下のウクライナ危機における中国政府の行動からも窺えるように、米中摩擦は二国間の対立を超えてグローバルな対立の様相を呈している。
2010年代半ばに顕在化した米中摩擦では、ICTの領域が中心舞台の1つとなっている。
中国最大手の通信機器メーカーHUAWEIの幹部が2018年12月にカナダのバンクーバーで逮捕された事件がこれを象徴している。
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