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- 2025/05/13 掲載
グリーが堅実成長できるガチな理由、鋭い開発者たちの「感覚的な企画会議」の秘密
東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在し、日本コンテンツ(カードゲーム、アニメ、ゲーム、プロレス、音楽、イベント)の海外展開を担当する。早稲田大学ビジネススクール非常勤講師、シンガポール南洋工科大学非常勤講師も歴任。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。『推しエコノミー「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』(日経BP)、『オタク経済圏創世記』(日経BP)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書)など著書多数。
MIXIに敗北? グリー創業期の大苦戦
──荒木さんはグリーに入社するまではどんなことをされていたんですか?荒木 英士(以下、荒木氏):学生ベンチャーから始まっています。もともと慶應SFC発のニューロンというスタートアップで、Webシステムの受託やP2Pネットワークミドルウェアの開発などをやっていましたが、その会社はフラクタリスト(現・ユナイテッド)に売却することになります。
その後、2005年に大学を卒業してそのままその会社で働くことになるのですが、その当時、協業提案で創業間もないグリーに営業しに行ったのがグリーとの最初の出会いです。
──なるほど、学生時代に会社の立ち上げ~EXITまでの経験もあり、ベンチャーで働いていた荒木さんが「3社目」で出会ったのがグリーということですね。
荒木氏:そうなります。だから就職活動みたいなことも一度もしたことはないです。GREEがローンチされて1年くらいしてから法人化した状態で(2004年2月に当時楽天の社員だった田中氏が独力でサービスを立ち上げ、その後、利用者が急増、楽天退職後の同年12月にグリー(現・グリーホールディングス)を設立しGREEの運営を法人化した)、mixiやGREEが第1世代SNSとして立ち上がっていた時期です。
めちゃめちゃ小さい麻布十番のマンションの一室で、当時僕が担当していた案件での協業提案していたときに、田中さんが「提案の中身は面白くないけど、荒木さん自体は面白そうなので一緒に働きませんか」と誘ってくれました。
──めっちゃダイレクトですね。
荒木氏:そうでしたね(笑)。「これだと、あんまりうまくいかないと思いますよ」と提案内容はバッサリ。それでも一緒にご飯いきましょう、と誘っていただいて、そこから数カ月後の2005年8月に入社しています。
でもそこから1年は結構厳しくて。mixiが快進撃を飛ばす中で、GREEの負けが明確になりはじめていた時期でした。創業間もないグリーと違ってミクシィ(現・MIXI)は会社としての体制がしっかりしており、開発やコミュニティ成長のスピードでかなわなかったです。
勝手サイトで始まったGREE、初ヒットを生む経営判断とは
そうした中で、当時は大きなトレンドとして、PCからモバイル(ガラケー)へのシフトが予想されていました。実際に、GREEのモバイル版ユーザーの伸びの勢いはすごかったです。
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