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  • 2025/07/24 掲載

『映画を早送りで観る人たち』刊行から3年──倍速視聴とタイパ志向はどこまで進んだか?

稲田豊史のコンテンツビジネス疑問氷解

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「倍速で観るなんてとんでもない」と言われていたのは、もう過去の話──。2022年のベストセラー『映画を早送りで観る人たち』で倍速視聴と“タイパ志向”を論じた稲田豊史氏が、出版から3年を経て見えてきたコンテンツ消費の「現在地」を振り返る。若者特有とされたタイパ志向は世代を超えて定着し、「正解を早く知りたい」という意識が、ドラマから職場、キャリア観にまで浸透しつつある。「鑑賞」は「消費」へと置き換わり、社会は「わかりやすさ」「短さ」「即効性」を最重視する世界に変貌した。いまや“答え合わせ”の時が来ている。
執筆:編集者/ライター 稲田 豊史

編集者/ライター 稲田 豊史

1974年生まれ。映画配給会社勤務、出版社繁務を経て2013年よりフリーランス。 おもな著書は『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『このドキュメンタリーはフィクションです』(光文社)、『アゲもん 破天荒ポテトチップ職人・岩井清吉物語』(KADOKAWA)(詳細)。

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倍速視聴とタイパ志向はどこまで進んだ?
(Photo/Shutterstock.com)

「倍速視聴」は世代を超えて定着・浸透した

 2022年4月、『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)という本を出版した。当時、若者を中心によく行われていた映像作品の「倍速視聴」の実態と背景を探り、現代人のメディア接触特性を多方面から記した内容の本である。あとがきを引用してその内容を説明するなら、「〈消費〉と〈鑑賞〉の視点を行き来しながら綴るメディア論であり、 コミュニケーション論であり、世代論であり、創作論であり、文化論」だ。

 ありがたいことに、同書は刊行直後から大きな話題となり、筆者のもとにはたくさんのメディア出演依頼が舞い込んだ。2023年の「新書大賞」では2位に選出。同書内で解説した「タイパ(タイムパフォーマンス/時間対効果)」という概念は今や当たり前のようにメディアで使用されるようになり、同じく解説した若者の「早く〈正解〉を知りたい」「失敗したくない」といった志向も、Z世代分析の定番と化した感がある。

 本稿執筆時点で出版から3年3カ月。その間に、社会はどのように変わったか、あるいは変わらなかったか。本で指摘したことと照らし合わせながら、「答え合わせ」がてら書き出してみたい。

 『映画を早送り~』には、さまざまなZ世代の倍速視聴スタイルを紹介したが、当時は多くの年配読者から不快感を示された。映画やドラマを早送りするなど、制作者に対する冒涜であり、作品を正しく鑑賞したとは言えないのではないか──というわけだ。地方講演に行くと、50代から70代くらいの方がこぞって「今の若者は理解できない」「けしからん」「日本はこれからどうなってしまうのか」などと苦言を呈してきた。

 しかし、今やそのトーンはほぼ消えた。むしろ講演会場で「倍速視聴をやったことのある人」に挙手してもらうと、5、60代中心の聴衆であっても半数以上は確実に手を挙げる。苦言はほぼなくなり、「息子がZ世代だが、たしかにそうだ」「若手社員の考えていることがよくわかった」という感想が増えた。

 倍速視聴はこの3年で、明らかに「珍しい行動」「理解できない行動」ではなくなったのだ。

 統計からもそれが見て取れる。『映画を早送り~』では倍速視聴経験のある人の年代別比率を、民間調査会社クロス・マーケティングの調査結果から引用したが、20代から60代の男女で倍速視聴の経験がある人は【2021年3月時点】で34.4%だった。しかしその3年後、【2024年3月時点】の同様調査では47.0%と12.6ポイントも上がっている。伸びがもっとも多かったのは3、40代だが、全世代において倍速視聴経験者が増えていた。

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動画コンテンツの倍速視聴経験
(出典:クロスマーケティング「動画の倍速視聴に関する調査(2024年)」)

 実は『映画を早送り~』の刊行直後、「反論」もいくつか頂戴した。大学で教鞭を取っている方から「うちのゼミ生に聞いてみたが、誰も倍速視聴なんかしていない」といった類いのものだ。無論、そういうことは起こりうる。その大学のそのゼミ生がたまたま、映像作品を早送りで観るなどという〈暴挙〉を働かないだけの節度を持っていたのだろう。

 ただ、筆者はこの3年でいくつかの大学で講義をしたり、大学生との対面取材を行ったりしたが、これだけは言える。彼らの間で倍速視聴という行為は、取り立てて是非を議論するようなことではなくなった。

 本を執筆していた4年前、倍速視聴をしていることに後ろめたさを感じている学生は、それなりにいた。しかし今や、そんな様子を見せる学生はお目にかからない。

 筆者は『映画を早送り~』本文の結びで、そう遠くない未来に「昔は、倍速視聴にいちいち目くじらを立てる人がいたんだって」と笑われるかもしれない──と、やや皮肉交じりに書いたが、その未来は思ったよりずっと早く到来しそうだ。 【次ページ】「タイパ」が辞書に載った
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