- 2025/11/20 掲載
スタバ完敗…中国事業「売却」の背景、“新王者”ラッキンもやらかした「大失態」とは(2/2)
スタバを陥落させた“新王者”ラッキンは米国で「崖っぷち」
一方、2017年に創業したラッキンは、スターバックスとは「真逆」とも言えるコンセプトで成功した。当時としては珍しかったモバイルオーダーを先駆けて導入し、カウンター前の行列を解消した。中国ではオフィスや公園に持っていくテイクアウト需要が強いことからスタンド店を中心にし、店舗コストを軽くし、その分をコーヒーの品質向上に投資した。
さらに、「モバイルオーダー+キャッシュレス決済」にしたことで、消費者とのデジタルチャネルが確立し、クーポン戦略で顧客を引きつけていった。特に成功したのが「1杯買うともう1杯無料」クーポンだ。友人を誘う人が続出し、現在でも新規顧客獲得の強力な手段となっている。
興味深いのは、中国市場では王者スターバックスを陥落させたラッキンが、2025年6月末に米ニューヨークに出店したものの苦戦をしていることだ。
米資産運用会社アライアンス・バーンスタインのレポートによると、ラッキンの1店舗あたりの家賃が月1.5万ドル、運営経費が月6.64万ドル、その他光熱費などを加えて経費合計は月9.2万ドル程度になると推定されている。この費用を補うには、1日あたり1000杯から1200杯を売る必要があるが、オープン当初は850杯程度売れたものの、2カ月後には500杯から600杯程度にまで下がっているという。
価格はラテが5.75ドルで、スターバックスの5.95ドルとほぼ同じだが、ラッキンは得意のモバイルオーダー+大幅割引クーポン戦略で攻めた。だが、「初めての方は0.99ドルで提供」キャンペーンが米国では響かなかった。
最初からわかったことでは…?ラッキンの「大誤算」
これは、中国と米国のアプリ環境の違いによるところが大きい。中国ではスマートフォンのネイティブアプリ時代は終わっていて、ミニプログラムの時代になっている。ミニプログラムとは、中国で最も使われているSNS「WeChat」やスマホ決済「アリペイ」などのスーパーアプリの中から起動できる“アプリ内アプリ”だ。日本では、LINEのミニアプリやPayPayの中から利用できるテイクアウトなどの機能が同様のものだ。ミニプログラムの利点は、新たにアプリをインストールしなくてもWeChatの中からすぐ起動できるだけでなく、アカウント登録や決済方式の設定が不要という点が大きい。WeChatミニプログラムであれば、WeChatのアカウントとWeChatペイが自動的に使われるため、初めての人でもすぐにモバイルオーダーなどが利用できる。
これが、ラッキンの新規顧客獲得戦略で大きな威力を発揮した。「1杯購入でもう1杯無料」クーポンで、誰かにコーヒーをおごってもらった人は、次からは自分でスマホからモバイルオーダーするようになる。
だが、この環境が米国にはなかった。米国はネイティブアプリが主流で、アプリをインストールして、ユーザーアカウントを作成し、SMS認証をして、クレジットカードを登録しなければならない。ミニプログラムに相当する機能はiPhoneではApp Clips、AndroidではInstant Appsが用意されているが、あくまでもネイティブアプリの補助手段という位置づけであり、利用はほとんど広がっていない。企業は顧客との継続的なエンゲージメントを確立したいと考えるため、ネイティブアプリ志向が強いからだ。
ラッキンもニューヨークではネイティブアプリによるモバイルオーダーを採用した。0.99ドルの店頭広告に惹かれて店内に入って注文しようとすると、「アプリをインストールしてモバイルオーダーしてください」と言われる。当然、アカウント作成やクレジットカード登録などもしなければならない。その煩わしさから離脱してしまう来店客が多かったと言われている。
また、カフェでは快適なソファでゆっくりしたいと考える消費者が多い中、スタンド店が基本で座席数が少ない点もミスマッチだった。このまま何も手を打たなければ、「撤退」以外に選択肢がなくなる状況にまで追い込まれているようだ。
米国でも苦戦中のスタバ…売却が「敗北」とも言えないワケ
不思議でならないのは、このようなアプリ環境の違いは、事前にわかっていたことなのに、なぜ何の工夫もしなかったのかだ。たとえば、0.99ドル専用のポップアップレジを設置して、大量の1セント硬貨を用意し、アプリインストール用のQRコードをプリントしたカードを配布するだけで、状況はずいぶんと違ったものになったはずだ。一方、スターバックスの中国市場での地方展開も不可解だ。発表とともに、ほぼすべての中国メディア、評論家が「無謀」という言葉を使って評した。何か秘策でもあるのかと思えば、それもなく、ただ大都市と同様の店舗を地方都市に展開しただけで、負債を積み上げていくだけの結果になった。
スターバックスについては米国でも停滞をしている。その一因として言われるのが、モバイルオーダーの導入によりオペレーションが混乱し、顧客体験が悪化していることだ。スターバックスはドリンクを細かくカスタマイズできるのが特長だが、カウンター注文で細かいカスタマイズを指定する人は多くはない。
ところがモバイルオーダーなら細かくカスタマイズしやすいため、バリスタの作業負担が一気に増え、オペレーションが破綻しかけているという。これもモバイルオーダーを始める前にじゅうぶんに想定できた事態だ。そもそも、サードプレイス戦略では、バリスタと顧客のフレンドリーなコミュニケーションも重要視されているのだから、モバイルオーダーはスターバックス文化にはそぐわない注文方式だったはずだ。
双方とも、自国の市場では成功しているのに、海外市場ではうまくいかない。成功体験や企業文化がじゃまをして、海外市場の特性が見えなくなっているとしか思えない。海外市場に進出する時、「その市場の特性を見極めて適合していかなければならない」と教科書に書いてあることをそのまま口にしがちだが、実際にそれを行動に移し、成果に結びつけるのは、並大抵の難しさではないということを、この2つの事例が教えてくれる。
スターバックスが中国事業の主導権をボーユーに渡したことは、外形的には撤退、もしくは後退に見えるかもしれないが、地方市場ビジネスの実績があるボーユーに任せることは、今のスターバックスの状況からは唯一の正着であるかもしれない。
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