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  • 2026/04/30 掲載

【アニメの時代が始まった】安田猛氏が語る“コミケ創成期”と1980年代角川書店変革期

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『フルメタル・パニック!』『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』『日常』といった人気アニメの企画、制作総指揮をつとめ、ヒットコンテンツを世に送り出した安田猛氏。実はその原点は1970年代後半、コミケ参加者の女性比率が7割という、男性オタクの少ない時代に、1人で同人活動を始めた経験にある。コミケ創世記からオタク文化が花開くまで、その変遷を知るKADOKAWA 元常務執行役の安田氏に、ラノベ起点のオタク文化勃興の裏側について話を聞いた。
聞き手・執筆:エンタメ社会学者 中山 淳雄

エンタメ社会学者 中山 淳雄

東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在し、日本コンテンツ(カードゲーム、アニメ、ゲーム、プロレス、音楽、イベント)の海外展開を担当する。早稲田大学ビジネススクール非常勤講師、シンガポール南洋工科大学非常勤講師も歴任。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。『推しエコノミー「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』(日経BP)、『オタク経済圏創世記』(日経BP)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書)など著書多数。

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編集者・クリエイター・プロデューサー
安田猛(やすだ・たけし)氏
1962年10月23日生まれ、神奈川県横浜市出身。KADOKAWA(旧角川書店)の常務執行役員などを歴任し、アニメやライトノベルを軸としたメディアミックスの礎を築いたプロデューサー。独自の視点でクリエイターを支援し、後にアニメーション制作の指揮を執る。『フルメタル・パニック!』『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』『日常』といった京都アニメーション制作作品の企画・制作を数多く手がけたほか、『ケロロ軍曹』『ストライクウィッチーズ』『艦隊これくしょん -艦これ-』など、ブームの火付け役となるヒット作を次々とプロデュース。現在は、長年培った経験を生かし、次世代のコンテンツ創出に尽力し続けている。

コミケ創成期の時代も「推し」文化は当時から変わらず?

──1962年生まれの安田さんは中学・高校時代にまさにアニメ『ヤマト』や『ガンダム』が広がっていくど真ん中世代です。どんな学生時代でしたか?

安田猛(以下、安田)氏:中学校ではマンガクラブなどやりながら本格的に絵が描きたいなと思って、高校では美術部に入りました。将来は美大にでも行ってグラフィックデザイナーになろうという夢もあったのですが、高校1年生の時に1人で同人活動を始めたんです。あの頃は「オタク」という名称もなく、同じ趣味の人も周りにいなかったので、某雑誌の同人コーナーを参考に見よう見まねで作りました。

 ある時、地元の本屋で、同人誌を作るために1人でコピー機をまわしていたら、それを見た年上のお姉さん(当時高校3年生)に「君、同人誌作ってるの? 私たちのお茶会に来てみない?」と声をかけられたんです。それが、同人サークルへの入口でしたね。

──お茶会(笑)。1970年代後半、コミケとともに同人誌サークルが全国の高校・大学で乱立していたと聞きます。どんな規模でしたか?

安田氏:5~6人でやっている小規模な同人サークルが多かったですよ。多くても10人くらい。大半が女性で、私が入ったのは『勇者ライディーン』(1975~1976年)のサークルでしたが会長さんも女性でした。皆さん別々の高校に通いながら定期的に集まっていました。

──コミケはほとんど女性ばかりの時代だったと聞きます(1975年の第1回は700名のうち9割近くが中学生から高校生の女子だった※注1)。やっぱり大泉サロン(竹宮惠子氏と萩尾望都氏の共同生活をしていた練馬区南大泉を中心に、1970年代に24年組と言われる女性マンガ家が誕生していく)など、扱うマンガは少女マンガが中心だったのですか?

安田氏:いや、女性の方たちも当時から少年向けのマンガやアニメも大好きで、サークルの会話といえば『勇者ライディーン』(1975~1976年)、『超電磁ロボ コン・バトラーV』(1976~1977年)とか『闘将ダイモス』(1978~1979年)とか。SF・ロボットものでも男女関係の話もあったり、かっこいいイケメン宇宙人の敵役がでてきたり、そういったもので彼女たちもキャーキャー騒いでいました。お茶会と言っても今と変わらないですよ。「推し」の話で盛り上がるみたいな他愛もないものです。

 私はアニメだと『宇宙海賊キャプテンハーロック』(1977~1979年)、『未来少年コナン』(1978年)、『機動戦士ガンダム』(1979~1980年)、『超時空要塞マクロス』(1982~1983年)、マンガだと松本零士先生、吾妻ひでお先生、内山亜紀先生の作品が好きで、サークルの召集があるとそのたびに御茶ノ水とか新宿、江古田、大泉学園まで遠征して、そのついでに「まんが画廊」にも行ったことがあります。

注1:霜月たかなか『コミックマーケット創世記』

──自分の学校やクラスでは同人活動はしていないんですか?

安田氏:美術部には所属していましたけど、やっぱり校外のサークルが特別でした。学校で同人誌を作っている生徒は1人も見かけませんでしたね。当時のメジャーな趣味というとスポーツだったり、芸能界だったり。まわりに自分の好きなものが共有できない、さびしさみたいなものはありました。そのくらいマイノリティーなものだから「認めてもらえる場」としての同人誌サークルは居心地が良くてね。同じ趣味を共有できる人間たちといて毎回、作品論を語り合っているのが楽しかった。

 今のようにアニメやマンガがメインカルチャーになった時代なんて、あの時代からすると考えられません。だって「悪書追放」の時代でしたからね(笑)。

プロフェッショナルへの転機、『アニメック』編集部で寝泊まりする日々

──美大にはそのまま進学されなかったのですか?

安田氏:浪人しています。美大は実技が多くて特殊じゃないですか。私は予備校に行きながら受験の準備をしていたのですが、むしろその浪人時代に同人活動へはまり込んでしまいました。

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