• 2026/07/10 掲載

タバコ休憩よりヤバい「生産性の敵」…年間7兆円を奪う“見えない損失”の正体とは(2/2)

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たばこ休憩よりヤバい「生産性低下」する“あの状態”

 わかりやすい例が二日酔いである。

 前夜の深酒で頭痛と吐き気を抱えた人間が、それでも定刻に出社し、自席に8時間座り続ける。勤怠管理上、彼の稼働率は100パーセントだ。給与も満額支払われる。

 だが実態はどうか。厚生労働省の研究班の調査によれば、飲酒にまつわる問題は個人の労働生産性を21パーセント低下させる。8時間のうち、100分あまりが完全に失われている計算になる。座っているのに、消えている。

 過量飲酒による労働損失は、日本全体で年間およそ2兆5,000億円に達する。一方、たばこ休憩による就業中の機会損失は、営業活動へのプラス効果などを一切考慮しない、喫煙のネガティブ要素だけを見積もった経済産業研究所の推計でも1人あたり年間34万円ほどだ。桁が違う。

 8時間の21パーセント、すなわち100分の喪失を、10分のたばこ休憩に換算すれば、ちょうど10回分に相当する。二日酔いで席に座っているだけの1日は、喫煙者がその日に堂々と10回たばこを吸いに立つのと、企業財務の上ではまったく等価なのだ。

 それでいて、二日酔いで出社した者に向けられるのは「昨日は飲みすぎたね」「仕方ないな」という奇妙なほど寛容な言葉である。たばこ部屋に消える喫煙者には舌打ちし、二日酔いの社員には笑って肩を叩く。この落差に、合理性のかけらもない。同じ生産性の損失でありながら、見える方だけが罰せられ、見えない方は黙認される。

最も注意するべき「損失要因」とは

 そして見えない損失は、酒だけではない。むしろ最大の震源地はメンタルの不調にある。

 原ら(Hara et al.)が2022年に2万7,507人を対象に実施した全国調査の推計(学術誌『Journal of Occupational and Environmental Medicine』2025年9月号に発表した論文『日本におけるメンタルヘルスのプレゼンティーズムおよびアブセンティーズムによる生産性損失の影響』)によれば、抑うつや不安、睡眠障害といったメンタルヘルス関連のプレゼンティーズムが生む生産性損失は、年間およそ467億ドル、日本円にして7兆円を超える。

 これは欠勤による損失の実に25倍、精神疾患にかかる医療費の7倍以上であり、日本のGDPの約1.1パーセントに匹敵する。最も損失が大きいのは働き盛りの男性45歳から49歳の層だ。

 なぜこれほど巨大な損失が放置されるのか。理由は、当人ですら自覚していないことが多いからだ。

 二日酔いの社員は「今日は調子が悪い」と感じても、それを生産性の数値に結びつけては考えない。抑うつ傾向にある社員は、いつもの半分の速度でしか頭が回らないことに慣れてしまい、それが異常だと気づかない。本人が気づかぬものを、上司が見抜けるはずもない。

 たばこ休憩のように「席を外した」という明白な瞬間が存在しないからこそ、咎める者もいなければ、対策を講じる者もいない。見えないことは、無いことと同義に扱われてしまうのだ。

もはや無視できない「見えない不調」

 また、こうした不調が診断書という形で表に出るとは限らない。この調査が対象としたのも、医師の診断名ではなく、本人が「仕事に影響した」と申告した症状である。病院にかかっていない症状保有者まで含めて初めて、損失の全貌が見えてくる。逆に言えば、診断ベースの数字しか見ない経営者は、損失の大半を最初から視界の外に追いやっているのである。欠勤届が出ていないから問題はない、診断書がないから健康だ。そうした思い込みこそが、最大の損失を温存している。

 この事実は、もはや学者の机上の話ではない。経済産業省と日本健康会議が毎年実施する「健康経営度調査」は、令和5年度・6年度の設問で、プレゼンティーズムを欠勤やワーク・エンゲージメントと並ぶ評価指標として明確に位置付けた。

 把握方法としてはWHO作成のHPQが挙げられ、0点から100点の絶対値で全従業員の平均スコアを報告するよう求めている。回答企業は大規模法人部門だけで3869社にのぼり、前年から約1割増えた。見えなかった損失を測定し、数値目標として管理する。それが優良企業の標準装備になりつつあるのだ。

 見える離席ばかりを叩いている経営者は、時代の後ろを歩いている。現に、いま多くの企業が足元で講じている対策の多くは、まさにこの「見える」側に向けられている。喫煙所が近くにあれば、立ち上る煙も、席を立って向かう後ろ姿も、非喫煙者の目にはっきりと映る。だからクレームが出る。その声に押される形で、企業は喫煙所を共有部の片隅へ、あるいは敷地外の公衆喫煙所へと、手間も費用もかけてより遠くへ追いやってきた。見える行為を、文字どおり視界の外へ押し出す。これも立派な禁煙対策ではある。

 だが、そこにどれだけ労力を注いだところで、企業財務を本当に蝕んでいる損失には指一本触れられない。遠ざけるべきは煙ではなく、誰にも見えないまま日々積み上がっていく不調の方なのだ。

経営者がまず捨てるべき「ある常識」

 こうした問題の解決は、会社がおせっかいを焼いて、たばこを吸うなという以上にお酒を飲むな、早く寝ろと何から何まで会社員の私生活に介入するか、裁量労働、つまり時間ではなく成果で人を測る方向へ向かうほかないだろう。

 見える離席を取り締まることに費やしてきた労力を、見えない不調の発見と回復に振り向ける。それができる組織だけが、これからの労働力不足の時代を生き残る。だが、その手前で経営者がまず捨てるべきものがある。

 「見えるものだけを信じる」という、あまりに人間的な癖だ。目の前で席を立つ者は信じ、目の前で静かに能力を失っている者は信じない。筆者もそうだった。だからこそ言える。経営者の直感ではなく、科学的なデータでこそ、この問題を改善していかばければならない。

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