- 2026/08/24 06:10 掲載
山田玲司が超解説、『殺し屋1』『ヒミズ』も…90年代後半に「暗い作品」爆増したワケ(3/4)
『絶望に効くクスリ』の秘話、オノ・ヨーコに取材できたワケ
――絶薬を連載していくにあたり、結果として山田さんは、井上雄彦、堤清二、富野由悠季、忌野清志郎、オリバー・ストーン、果てはオノ・ヨーコにジョージ・ルーカスなど──数々の大物にインタビューをされています。なぜ、あれだけの大物たちが、インタビューを引き受けてくれたのでしょうか?何か交渉のテクニックがあったのでしょうか?山田氏:これはズバリ、単行本1巻に登場している人たちのラインナップが良かったから、その後も取材を受けてくれやすくなったのだと思います。
- 『絶望に効くクスリ』単行本1巻に登場する著名人
- 漫画家・みうらじゅん
- 「はねるのトびら」メンバー・秋山竜次、虻川美穂子
- 占い師“新宿の母”栗原すみ子
- 漫画家・井上雄彦
- 海洋冒険家・白石康次郎
- カリスマホスト・七海龍一
- 逗子市長・長島一由
- 水中写真家・中村征夫
- プロサーファー・木下デヴィッド
- 文化人類学者「グレートジャーニー」関野吉晴
はじまったばかりの頃は、特に僕とのつながりが深い人に出てもらっています。たとえば、みうらじゅんさん(イラストレーター)、井上雄彦、関野吉晴さん(文化人類学者、「グレートジャーニー」で知られる)なんかに登場してもらっています。
時代的にも、哲学を賢人に聞きにいこうという『ソフィーの世界』(日本語版は1995年刊)も流行っていたし、この単行本1巻に並んだメンツのバランスがすごく良かったんです。
後に取材を受けてくれることになるオノ・ヨーコさんなどの大物も、この1巻を見て「あ、この人たちも出てるんだ」と受け入れやすかったようです。基本的に僕は相手を見た目も含めて良く描くので、「変な風に描かれないな、悪意もないな」と安心してもらえたのも大きかったのでしょうね。
後、一緒にエジプト旅行にも行った優秀な相棒のライター(佐藤氏)の存在もありました。彼が相手の落とし方(取材交渉)を心得ていて、オノ・ヨーコさんに依頼するときなんか、毛筆で手紙を書いたりして交渉してくれたんです。
そうやって取材を重ねていき、取材で直接その方と会って仲良くなると、「誰か面白い人いませんか?」と紹介してもらえて、どんどんつながっていくんですよね。
――漫画家というのは、人々が想像する以上に創作のみに時間をかけていることが多く、なかなか外の人と交流する時間を持つことができないイメージがあります。山田さんほど外に出て「漫画家や著名人に会った漫画家」は、歴史上、他にいないのではないでしょうか?
山田氏:そうですね、漫画家だけでなく映画監督からアーティストから、「1番ヒトに会った漫画家」であるという自覚はあります。ライムをもらいながら、聞いている内容は無意識に自分自身の中に積み重なっていきましたしね。
オリバー・ストーンとかジョージ・ルーカスのような人を取材するときはさすがに緊張して、取材直前まで「もう帰りたい」みたいな気持ちになりましたけど、それでも取材も回数を重ねていくと、凄い人に会っても動じなくなりましたね。角川春樹さんなんかも、すごく存在感がある方でしたね。
――僕もそういう緊張する取材の経験があります。あまりの大物に、うまくインタビューできるコツはありますか?
山田氏:「必ずインタビューは終わる。(取材を終えた)今日の夕方には『ジョージ・ルーカスにインタビューした男』になっているんだ」と、先を考えるようにしていますね(笑)。
――山田さんは、取材が上手なことが、あらゆる対談動画などからも分かります。本当に相手のお話に合わせるのがうまいですよね?
山田氏:そういう部分は恋愛で鍛えさせていただいたんです(笑)。女性に話の聞き方を徹底的に教わったんです、「黙る時は黙る」とか「聞いて欲しい事を見つける」とか。
絶薬400人取材で痛感…成功してる人に共通する“心の状態”
――絶薬の連載は何年も続くことになりますが、その間、どのくらいの人に会ったんですか?山田氏:週1連載で、だいたい累計400人くらいに会ったと思います。絶薬が小学館で連載されている時代のゲストは、全部自分自身がセレクトしてアプローチしました。でも、それが『週刊ヤングサンデー』自体の終了とともに、途中で終わっちゃうんですよね(連載は2003~2008年)。
その後は、光文社『FLASH』で4ページものの『絶望に効くクスリ 敗者復活編』として続くことになりました(2010~2012年)。こっちはパブリシティ(宣伝)目的の案件などもあって、だいぶ色も違います。小島よしおさんや鳥居みゆきさんとか、芸能人が増えていったタイミングですね。
――出会う人は自分の鏡であって、絶薬で400人ものインタビューを通じて、最後に自覚した自分の本質、というのが本当に僕は素敵だと思います。「弱くて傷つきやすいくせに自意識過剰で目立ちたがりという、どうにも情けない人間でした」と。この等身大の自分への自覚こそが、僕は本当に強い人間のあり方だと思います。
山田氏:そう、みんなが「繊細で傷つきやすい」「センシティブ」な人だった。そういう人たちが後に成果をあげていく。「才能のある人は浮いてしまう」ということを痛感しました。 【次ページ】絶薬と並行?漫画版『ゼブラーマン』をガチ名作にできた理由
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