- 2026/08/17 06:10 掲載
【必読】漫画もYouTubeも成功……漫画家・山田玲司の「メタ思考法」が仕事に効く理由
東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在し、日本コンテンツ(カードゲーム、アニメ、ゲーム、プロレス、音楽、イベント)の海外展開を担当する。早稲田大学ビジネススクール非常勤講師、シンガポール南洋工科大学非常勤講師も歴任。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。『推しエコノミー「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』(日経BP)、『オタク経済圏創世記』(日経BP)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書)など著書多数。
登録17万人…山田玲司のYouTubeに「元ネタ」が?
――自己紹介からお願いします。山田玲司(以下、山田)氏:漫画家として、これまで『Bバージン』や『絶望に効くクスリ』、『ゼブラーマン』など、いくつかの作品を出しています。最近はYouTube『山田玲司のヤングサンデー』(どんな時代でもとりあえず“ゴキゲン”であることをモットーに、マンガ、アニメ、映画、芸術、恋愛、スポーツ、歴史など、現代社会のあらゆる事象を斬新かつ普遍的なまなざしで斬りまくる生放送のトークライブプログラム)をプロデュース・運営しています(登録者17.8万人・動画2701本、取材時点)。
――YouTubeチャンネル『山田玲司のヤングサンデー』はいつも見ております。あれはどういった発想で作られているんですか?
山田氏:色々なものの影響があるんですけど、昔、フジテレビで放送されていた教養バラエティ番組『カノッサの屈辱』(1990~1991年)などは特に影響が大きいですね。
『カノッサの屈辱』は、企業や商品のシェア争いといった現代の世俗的なニュースを、壮大な世界史のドラマという文脈に無理やり当てはめて解説する番組でした。たとえば、「歌手のユーミン登場以後、時代はどう変わったのか」みたいなテーマの回があったりしました。こうした時代ごとにカルチャーを分解していくというのが、当時流行っていたポストモダンの形式ですよね。
マンガでも、恋愛マンガの途中のページに、本編とは関係のないテレビのバラエティ番組のようなコーナーを挿入したりする手法がありますよね。実は手塚治虫先生も、あの壮大な『火の鳥』のコミックスの枠外に、「人生相談コーナー」を入れて遊んでいたりしています。
そういう、1970年代のサブカル雑誌『ビックリハウス』などが切り拓いた「シリアスなものを作りながらも、俺だってふざけられるんだぞ」という、高度な知性ゆえのパロディ精神やメタ的な遊び心を、テレビのフォーマットとして昇華させたのが『カノッサの屈辱』だったと思うんです。
僕としては、そうした「マンガ的な枠外の遊び心」と「カルチャーを独自のフォーマットでパロディ的に分析する手法」を掛け合わせて、2010年代以降のYouTubeという新しい動画メディアで実践している、という感じなんです。
サブカル力…?山田玲司の「観察力・メタ思考」を育てたもの
――あらゆる漫画を取り上げ、それを深く分析していく山田さんのYouTubeチャンネルを拝見していると、その洞察力とかメタ認知力の凄さに驚かされます。たとえば、「富樫義博が読まれる理由~『HUNTER×HUNTER』がなぜ騒がれるのか」(128万再生)、「告発!『ドラゴンボール』の罪と罰~死なない悟空と死んでいく鳥山明…メガコンテンツは漫画家から何を奪い何を世界に残したのか」(41万再生)といった動画が特に面白かったのですが、こうした番組はどう考えて作っているのでしょうか?山田氏:1990年代のサブカルチャーのノリに包まれながら育ってきたからか、物事を分析する癖がうまく付いた、というのもあるのかもしれないですね。それと僕が1966年生まれだったというのはデカいと思います。
物心付いた頃が大阪万博(1970年)の直前で、そこから「科学と経済の発展」から一転して、公害や環境問題が叫ばれる時代になりました。さらに手塚治虫や石ノ森章太郎の漫画から反戦や環境保護のメッセージを受け取って育ったこともあり、「これからは個人の日常だけでなく、地球規模(グローバル)で物事を考えなければいけない」という強い時代のムードがあったんです。
だから僕らの世代には、無意識のうちに刷り込まれた「自己肥大化させたグローバル思考」があって、それが現在の社会やカルチャーを一歩引いて俯瞰する「メタ認知志向」につながっているんだと思います。
ただ、物事を客観視しすぎるあまり、時代の空気にものすごく影響を受けて苦悩しやすい、という功罪もあるかもしれませんね。
僕は絵の天才? 肯定感をくれた“豊かな少年時代の家庭環境”
山田氏:1966年生まれで高度経済成長の真っただ中です。当時は学生運動と並行して、教育もどんどん情操教育的になってきた時代で、「学校に行かせなくてもいいんだ」とか「自由に育てよう」みたいな機運がありました。
うちの母親も例にもれず、またミーハーな部分もあり、羽仁進さんの本などを見て「これだ!」と思ったみたいなんですよね。子どもの想像力を優先して考えるという流行です。ピアノとかバイオリンをやっている子どももいたけど、僕の場合は「絵は好きに描きなさい」と言われて育ったんです。
母自身も文化的なことが好きで、ギターを弾いたり、油絵を描いたりしていました。何を描いても褒めてもらえたし、家のふすまに落書きしたりしても家族にに絶賛してもったりして、「僕は絵の天才だ」と思い込まされて育つんです。
文学青年でもあり、音楽好きでもある起業家の父に、専業主婦の母。東京の一軒家に生まれた初孫で、戦後最初とも言える「豊かさの最前線」で、絵に描いたような幸せ・全肯定の世界で育ちました。
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